「どうじゃ、ちょう助。ここはわしの顔に免じて、折れてくれんかの」
ぽん太が念を押すように、ちょう助に尋ねた。
するとちょう助は、少々考え込んむ素振りを見せたあと、まだ幼さの残る目を静かに伏せた。
「ぽん太さんが、そこまで言うなら……わかったよ」
渋々といった様子で答えたちょう助は、カーディガンのポケットへと両手を入れた。
「でも……今日だけだからな」
「あ、ありがとう! ちょう助くん!」
反射的にパァッと表情を明るくした花は、思わず礼を口にした。
「別に、お前にお礼を言われる筋合いとかないんだけど」
対してちょう助は毒を吐きながら、フイッとそっぽを向いてしまう。
(や、やらかした……)
花は瞬時に軽率なことを言ったと反省したが、言ってから後悔しても後の祭りだ。
しかし今は、これからちょう助も一緒に熱海観光へ出掛けられることが嬉しくてたまらなかった。
「まぁまぁ、もういいじゃろ。ちょう助も無事に納得したことじゃし、まずはここ熱海梅園から堪能するとしようかの」
ふたりの間に流れる気まずい空気を切ったのは、仲介役のぽん太だ。花も咄嗟に「そうですね!」と場を明るくしようと試みたが、ちょう助は相変わらず眉根を寄せて斜め下を向いている。
──今は、一月も終わりに差し掛かる頃である。空気は冷たく乾燥していて、少しでも風が吹けば首を竦めたくなる季節だ。
そのとき、三人の横を通り過ぎたカップルの女性が、クシュン!と可愛らしいクシャミをした。
「熱海梅園の梅はの、日本で一番早咲きの梅と言われとるんじゃ」
彼女を気遣う彼氏を横目に、ぽん太が梅園の中を指差す。
「日本で一番、ですか?」
「ああ、そうじゃ。見頃は丁度一月から二月にかけてでの。毎年今の時期には梅まつりも開かれて、観光客もたくさんここ熱海を訪れるんじゃ」
ぽん太に言われて改めて梅園内へと目を向けた花は、ほぅ……と感嘆した。
今は平日の午後一時だ。けれど梅園には多くの人が訪れ賑わいを見せていて、入口付近には案内役らしいスタッフが立ち、忙しく動き回っている。
「梅園内には、樹齢百年を超える梅もあるんじゃよ」
「樹齢百年っ! すごいですね!」
なんと歴史のある梅だろう。
しかし花が目を丸くしていると、横で聞いていたちょう助が鬱陶しそうに息を吐いた。
「そこ、そんなに驚くとこ? 俺たち付喪神だって、それくらいの年月を経てここにいるんだけど」
「あ……そ、そっか」
言われてみれば、ちょう助の言うとおりだ。
付喪神とは百年近く現世で使われてきたものに、魂が宿った存在……というのは、つくもに来た初日に花が説明されたことだった。
ちょう助の鋭い指摘に花は素直に頷くと、改めて自分の状況を省みた。
そんな付喪神たちと、ただの人である花が仲良く揃って熱海観光をするなど、実に現実離れした状況だ。



