「あい、わかった。よいじゃろう。丁度ちょう助も、勉強のために現世で料理を食べてみたいと言っとったしの」
「本当ですか⁉」
「ふむ。そうと決まればとりあえず、先にお前さんを現世に届けてから、ちょう助を連れてくるかの。大丈夫、わしゃたぬきじゃ。口八丁手八丁、万事うまくいくじゃろう」
老人姿でポンっ!とお腹を叩いたぽん太は、まず花を現世へと届けてくれた。
「わ、わぁ⁉ って、ここ、どこ……?」
真っ暗な穴の中に飛び込めば、ふわりと身体が宙に浮いた感覚がして、次の瞬間には光の中に吸い込まれた。
光の先で花が見たのは、青い空を染めるように咲く、紅白の梅の花の群生だった。
香り立つ甘い香りと、澄んだ空気が花の鼻先を優しくくすぐる。
「ここは、熱海梅園じゃ」
「熱海……梅園?」
「熱海梅園は、わしイチオシの熱海観光スポットなんじゃよ。今の時期は梅まつりも催されておる。というわけで、お前さんは少しここで待っておれ。すぐにまた、ちょう助を連れて戻ってくるでの」
「あ……っ」
そうしてぽん太は花が引き止める間もなく、穴の中へと消えてしまった。
(熱海、梅園……)
花はもう一度、今自分が立っているこの場所の名前を心の中で反復した。
冬の寒さが花の冷えた指先をジンと痛める。
思わず口元に手を寄せた花がフゥと温かい息を吐くと、梅花の甘い香りが花の視線を空へと誘った。
♨ ♨ ♨
「なんでお前がいるんだよ……!」
花を現世へと届け、一旦つくもへ帰ったぽん太は約束通り、ちょう助を連れて梅園に戻ってきた。
時間にして僅か十分という早業だ。花はぽん太が無事にちょう助を連れてきてくれたことに安堵の息を吐いたが、それも束の間のことだった。
「俺はぽん太さんとふたりで現世に行くのかと思ってたのにっ。こいつがいるなんて、聞いてないっ!」
ちょう助は、花が一緒なのを知ると激しく息巻いた。
首元に濃紺のマフラー、暖かそうなアーガイル柄のカーディガンを羽織ったちょう助は、やはりどこからどう見てもランドセルの似合う小学生。
顔を真っ赤にして怒る様は花からすると可愛いとしか言えないが、当のちょう助本人は納得できない様子で悔しそうに毒を吐き続けた。
「本当に最悪だ! 俺、人と一緒に熱海観光なんてしたくないよ!」
「フォッフォッフォッ。まぁまぁ、ちょう助。そうカッカせんでもええら。せっかくここまで来たんじゃし、今日は一緒に熱海観光といこうじゃないの」
宥め役である老人姿のぽん太と並ぶと、周囲の人からは祖父と孫のように見えるだろう。
すると自分は母親か……? と、思わず花は考え込んだ。
「嫌だよ、なんで俺が人と観光なんてしなきゃならないの!?」
「ふむ。どうせなら、本物の"人"がおったほうが目立たずに済むじゃろう? お前さんだって以前から現世に料理の視察に来たいと言っておったし、付喪神ふたりでウロウロするより、人の花がいたほうが、人に紛れやすいとは思わんか?」
ぽん太の言葉に、ちょう助は「それは確かにそうかもしれないけど」と言葉を濁す。
「今、つくもに帰るのは簡単じゃ。じゃが、こうして現世に来るにも人嫌いのお前さんは、ひとりでは来られんじゃろ。だったら今日くらいはわしらに付き合って、お前さんはお前さんの目的を果たしたらええ。花だって別に、お前さんを取って食おうというわけではないんじゃから、そんなにカッカせんでもええじゃないか」
顎に蓄えられた仙人のように長い髭を撫でながら、ぽん太は朗らかな笑みを浮かべた。
花は一瞬何かを言ったほうがいいのではないかと迷ったが、何を言うことが正解なのか迷ってふたりの会話に入れないでいた。
もし、今ここでまた余計なことを言って揉めてしまえば、ちょう助は本当につくもへと帰ってしまうかもしれない。
そうなったらせっかくのぽん太の協力を無駄にしてしまうし、ちょう助と仲良くなりたいという話は夢のまた夢に終わってしまうことだろう。



