「ほ、ほんとにぽん太さんですか!?」
「いかにも。これなら誰も、わしがたぬきの付喪神だとは思わんじゃろ」
ぽん太の言うとおり、少し背は小さいような気もするが、今、目の前にいるぽん太は、どこからどう見ても人にしか見えなかった。
「わしはこうしてよく人に化け、現世に遊びに行くんじゃよ」
「え……でも、それならどうしてあのとき、サンビーチではたぬきの姿のままだったんですか?」
花が初めてぽん太と出会ったのは夜の熱海サンビーチの遊歩道だ。
あのときぽん太はモフモフのたぬきの成りをしており、突然話しかけられた花は、悪い夢でも見ているのかと慄いた。
「あのときは夜じゃったし、あんな寒い日に海を散歩しようなど、誰も思わんじゃろと思うておったんじゃ。人の姿に化けるよりも、たぬきでいたほうが気が楽じゃしの〜」
「そ、そういうものなんですか?」
フォッフォッと身体を揺らして笑ったぽん太は、「では」と編笠を頭に被る。
「準備も整ったことじゃし、早速現世に行こうかの」
「え……今からですか? でも私、つくもの仕事がありますよ!」
花が戸惑いを見せると、ぽん太は「ふぅ」と息を吐いた。
「そんなもん、今日は予約も入っとらんのだし、どうとでもなるじゃろ。しかし旅は、思い立ったが吉日じゃ。行こうと思ったときに行かんで、死に際に後悔したって遅いしの」
確かに、死に際に後悔するくらいなら行きたいと思ったときに行きたい場所に言ったほうがいいのだろう。
ぽん太はそう言うと、くるりと両手を空中にかざした。すると突然空中にぽっかりと真っ黒な穴が現れ、花は驚いて目を見張る。
「な、なんですかこれ!」
「ここと現世を繋ぐトンネルみたいなもんじゃ。ここに入ればすぐに現世に出られる。さぁ花、飛び込め」
「え、ちょ、ちょっと待ってください! 私、仲居着だし着替えとか、靴も履いてないですから!」
背中を押されそうになった花は、咄嗟に両足を踏ん張った。
午後も当然仕事をすると思っていた花は仕事着のままだ。現世に行っても足袋に仲居姿では目立って仕方がないだろう。
「す、すぐに着替えられますので!」
「ええいっ! 面倒じゃ! ここをくぐれば自動で服も靴も、お前さんがここに来たときに着ていたものに変化する!」
「え?」
それは、なんと便利な穴だろう。
ぽん太の言葉を聞いた花は、それなら問題ないかと一瞬納得しかけたが、またふとあることを思いついて踏み出しかけた足を止めた。



