「ぽ、ぽん太さん……!?」
現れたのは、ぽん太である。
ふよふよと宙に浮く姿はまるでシャボン玉さながらだが、浮いているのがたぬきとあっては儚さは感じられない。
「どうしたんじゃ、そんなに驚いて」
「だ、だから! 心臓に悪いから、突然現れないでください……!」
花の抗議に、ぽん太は「おお、すまんすまん」と口では言いつつ、大して悪びれる様子はなかった。
そもそも、この家にプライベート空間はないのか。
花は頭を抱えたい気持ちになったが、付喪神相手に"人の常識"を述べること自体が、無駄なような気もしてくる。
「熱海はいいところじゃぞー。温泉最高、海の幸満載、見どころたっぷり、言うことなしじゃ!」
嬉々とした表情で言うぽん太は、花の座る隣へと着地した。
「せっかく熱海にいるのに熱海観光しないなんて勿体無い、今すぐ観光に行くべきじゃ!」
「で、でも、どうやって行くんです?」
戸惑う花は、思わずぽん太に聞き返した。
今すぐ熱海観光に行くべきだと言われても、それをする術も方法も、花にはわからない。
今、花がいる場所は現世と常世の狭間で、人がひとりでウロウロできる場所ではない。
道に迷えば現世で言う神隠し。はじめに花にそう説明したのはぽん太たち自身で、それを聞いたらまさかひとりで外に出ようなどとはとてもじゃないが思えなかった。
「大丈夫じゃ。わしが一緒についていこう」
「ぽん太さんが?」
「ああ。付喪神であるわしが一緒なら、現世へ向かう途中で道に迷うこともないし、熱海の街を案内もしてやれる」
ぽん太の言葉に、なるほど……と花は一瞬納得しかけたが、すぐにはたと我にかえると、改めて自分がぽん太と出会ったときのことを思い出した。
「でも、ぽん太さんがその姿でウロウロしてたら流石に目立つし、みんなを驚かせることになっちゃいますよ!」
二本足で歩く、しゃべるモフモフのたぬきである。
熱海サンビーチで初めてぽん太に話しかけられたときも花は腰を抜かしかけたが、それが白昼堂々と熱海のまちなかに現れたらそれこそ大問題になるだろう。
「ふふん、花、お前さんはわしをなんだと思っとるんじゃ」
「え……」
だから、二本足で歩くモフモフのしゃべるたぬきだろう、と花は思う。
「お前さんは、かの日本昔ばなしを読んだことはないのか。わしは、たぬきじゃぞ? 人に化けることなど造作もない。ちょちょいのちょいの、朝飯前じゃ」
そう言うとぽん太は背中に背負った編笠から葉っぱを一枚出して、頭の上にちょこんと乗せた。
そして両手を合わせてピョン!と飛び跳ね、体操選手さながらの見事な前宙を披露する。
「わ……っ!」
と、同時に、またボフン!と白い煙が立ち上った。
煙が晴れた中から現れたのは、腰の曲がった小さな老人である。
「フォッフォッフォッ、どうじゃ、たまげたろう」
目の周りは黒い。つるんとした頭皮には髪の毛が僅かに生えていて、服装は品のある和服という出で立ちだった。



