「お前が早く出ていかないから、吹きこぼれちゃっただろ! なんなんだよ、ほんとに!」
代わりに放たれたのは、高音の威勢のよい声だ。
アラ汁を背に、花へ向けて抗議の声を上げたその子は、どこからどう見ても子供の成りをしていて、花は戸惑いを隠せなかった。
(なんで、こんなところに子供がいるの?)
背は花の胸に届くくらいで、黒髪短髪のよく似合う可愛らしい男の子だ。
見た目は完全にランドセルの似合う小学生だが、つくもの暖簾と同じ濃紺の襟がついた、白い和服コックコートをまとっている。
(まさか、この子がつくもの料理長なんてことないよね……?)
花はにわかに信じられない気持ちであったが、その子以外にこの場所で、それらしい人は見当たらない。
「おい! なんとか言ったらどうなんだよ、お前!」
「え……っ、あ。す、すみません!」
叱られて、花は咄嗟に謝った。男の子は先程からご立腹の様子だ。
数秒の沈黙が、ふたりの間に訪れる。
花は一度だけキュッと唇を噛み締めると、意を決して口を開いた。
「あ、あの……。もしかして、あなたがつくもの料理長さんですか……?」
花が尋ねると、男の子は視線を斜め下へと逸らして眉根を寄せる。
「そうだけど。何か文句あるのかよ」
「あ……やっぱり……。って、いや、えっと、私は今日からつくもで仲居として働かせていただくことになりました、丹沢花と申します。もしかしてあなたも、ぽん太さんたちと同じく付喪神様ですか?」
疑問をぶつけると、男の子はブスっとした表情のまま、小さく答えた。
「そうだよ、俺は包丁の付喪神の、"ちょう助"だ」
「ちょう助……くん」
"くん"などと呼ぶのは馴れ馴れしいかとも思ったが、どう見ても年下の小学生を相手に"さん"付けで呼ぶほうが違和感がある。
「ごめんね、私……。あの、ずっと外から呼んでたんだけど返事がなかったから、火もついたままだったし、何かあったのかと思って、それで……」
「……知ってるよ」
「え?」
「全部見てたから知ってる。早く出て行けって、ずっと思ってた」
ちょう助の言葉の意味を理解するのに、花は数秒の間を要した。
全部見ていた──ということはつまり、ちょう助は花がここに来たときから厨房の中にいたということだろう。
(え、待って……だったらなんで、厨房の外から声を掛けたときに返事をしてくれなかったの?)
花のその疑問は、顔に出ていたのだろう。
ちょう助はチラリと花を横目で見てから溜め息をつくと、嫌々といった様子で口を開いた。



