「ぽん太さん?」
「その肝心の登紀子さんが、つくもには、もうおらんのじゃ!」
「え、ええっ⁉ 登紀子さんがいない!?」
ぽん太の言葉に、黒桜は重い溜め息をつき、八雲は眉間のシワを更に深くした。
「と、登紀子さんがいないって、どうしてですか!?」
花も驚いて、ぽん太に尋ねる。
「登紀子さんは、つい一ヶ月ほど前に、そろそろ自分も休みたいと言って隠居してしまったんじゃ!」
「そうなんですよね……。だから今は、登紀子さんの弟子が、調理場を任されています」
「え……えーーっ!!」
花は悲鳴を上げずにはいられなかった。
つまり、登紀子さん不在という状況では初めて虎之丞をもてなすということだ。
再び不安が胸に押し寄せた花は、ぽん太と黒桜に縋りついた。
「と、登紀子さん不在で、今回はどう乗り切るつもりなんですか⁉」
今の話を聞く限りでは、虎之丞は登紀子さんにしか扱えないという印象だった。
けれど今回は、その肝心の登紀子さんがつくもにいないのでは八方塞がりもいいところ。
ただでさえ花は、仲居の経験もない素人だというのに……。もしも虎之丞を怒らせて、前任の仲居のように辞めることになったら、花の地獄行きは確実なものになる。
「わ、私、地獄行きは絶対嫌ですぅ……!」
花が叫ぶと、ぽん太は「まぁまずは落ち着こう」と咳払いをしてから窘めた。
「とにかく、今ここでわしらが慌てたところで意味はないからのぅ」
「で、でも……っ」
「そうですよ、花さん。先ほど八雲坊が言ったとおり、いつも以上に万全を期し、もてなしの準備を整えておけばよいのです」
諭すように言われたところで、花の不安が拭えるわけではない。
そもそも黒桜は、虎之丞を頑固ジジイと言った張本人である。