「……八雲さんにとっても、虎之丞さんが因縁のある相手ってどういうことですか?」
花が尋ねると、ぽん太と黒桜は難しい顔をして押し黙った。
掴みどころもなく、口を開けば嫌味しか言わない、いけ好かない男。それが花から見た八雲の評価であったが、付喪神に対しては知識も懐も広く、慈悲深い一面を思わせていた。
「てっきり八雲さんは、付喪神様に"だけ"は優しいのかと思ってましたが……」
八雲は涙を流す花に一応胸を貸してくれたものの、優しかったのはその僅かなひと時だけだった。
けれど、鏡子には最後まで優しかったように思う。鏡子は八雲のおかげで、本懐を遂げての成仏ができたと言っても過言ではない。
「ええ、まぁ、基本的にはそうですね。でも虎之丞殿に関しては、前回、虎之丞殿がつくもに訪れたときに色々な問題を起こしたことが原因で……」
苦笑いをこぼす黒桜は言葉を濁した。
「色々な問題って?」
「まぁ、八雲坊はあれでも立場上、面倒事を一手に引き受けているのですよ。だから虎之丞殿に抗議をされたときも、八雲坊は──」
「黒桜、部外者に余計な話しをするな」
そのとき、凜と廊下の空気が締まった。
花が弾かれたように振り向くと、落ち着きのある錆鼠色の着流しをまとった男の黒い瞳が、真っすぐにこちらを睨んでいた。
「おお、八雲。ちょうどいいところに来なさった」
突然の八雲の登場に、花はつい身構えたが、八雲はまるで相手にする様子もなく自身の視界から花の存在を消し去った。
一日経っても変わらない、酷く冷たい態度である。
なぜこんなにも拒絶されなければならないのかと花は憤りを覚えもしたが、それを尋ねることすら憚られるほど、八雲は全身全霊で花を拒絶していた。
「週末は、久方ぶりに虎之丞が来る。いつも以上に万全を期し、もてなしの準備を整えておく必要があるだろう」
三人の会話をどこから聞いていたのかはわからないが、八雲は厳しい口調でそう言うと、ぽん太と黒桜を交互に見つめた。
対して、やや辟易したような様子も見受けられる。完全に蚊帳の外にされた花はそんな八雲の違和感に気がつくと、心に一抹の不安を抱いてしまった。
「虎之丞さんは、そんなに難しい人なんですか?」
今の八雲の口ぶりでは、八雲にとって因縁のある相手だということは事実らしい。
加えて先程から難儀な客だとか、いつも以上に万全を期すだとか、心穏やかでないことばかりが聞こえてくる。