「よっし。今日も一日、がんばろう!」

 つくもの夜明けは現世での時間軸に等しく、日の出とともに訪れる。
 現世でも常世でもないこの場所にもどういう理屈か朝陽は届き、手入れの行き届いた庭には光の雨を降らせていた。
 仲居である花が朝起きてまず取り掛かる仕事は、掃除である。
 それは当日の宿泊客のあるなしに関わらず、常に館内を美しく保つための基本中の基本だと教わったばかりだ。

(確か今日は、宿泊予約は入ってないんだよね……)

 大抵の付喪神が訪れるのは現世での仕事を終えた、夕方以降になることが常らしい。ただこれも現世に同じく宿泊予約が集中するのは週末で、平日の丸々五日間、予約がないのも珍しくはないということであった。

「うん。サイズもピッタリ!」

 布団から出て身なりを整え、薄桃色の可愛らしい仲居ユニフォームに着替えた花は、前掛の腰紐を結んで気合を入れた。
 起きてから朝食までの僅かな時間で、できることは限られている。
 つくもは客室が三部屋と少ないことが特徴なのだが、客室に加えて宴会場、大浴場、広い廊下に庭の掃除までをするとなると、仲居初日の花でも一筋縄ではいかないことは容易に想像ができた。

(あれもこれも、今後はほとんどひとりでやると考えたら、早く効率のいいやり方を見つけないと……)

 自室を出て掃除用具を持った花は、広い廊下の真ん中で仁王立ちをしながら眉をしかめて考えた。
 つくもには花以外の仲居がいないということを、花は仲居になることを決めたあとで知らされた。

『そ、それじゃあ、これまではどうしてたんですか!?』

『接客、配膳ともに、私とぽん太さん、そして八雲坊の三人でなんとかやっていましたよ』

 昨日、花の質問に黒桜は飄々と答えていたが、花は自分の耳を疑わずにはいられなかった。
 老舗旅館で仲居が不在などということは、現世では聞いたこともない事案だ。
 けれどよくよく考えてみたら、花と鏡子をもてなしたのも三人で、料理を運んできたのも宿の若旦那を務める八雲だった。

『花が仕事に慣れるまでは、わしも黒桜も今まで通り手伝うで大丈夫じゃよ』

 ぽん太はそう言って笑っていたが、人員不足は目に見えている。
 だからこそ花は一日でも早く仲居の仕事を覚えて、業務の効率化を図る必要があると考えていた。