「確かに嫁候補……花嫁修業で来ている身という名目であれば、実際に今すぐ祝言などを挙げる必要はないからのぅ」

「だから……俺は絶対、こんな女をつくもに迎え入れるなど嫌だと言って──」

「八雲。これはお前にとってもいい話でもあるぞ。花が嫁候補としていてくれたら、お前も常世の神や我々に"結婚はまだか"としつこく迫られることもなくなる」

 ぽん太の言葉に、八雲が虚を衝かれたような表情をして片眉を持ち上げた。

「八雲坊も嫁問題で迫られるのが嫌なように、我々だって本当はこんなにしつこく言いたくはないんですよ」

「それに、このままではお前も、近いうちに常世の神の手引きで見合いなどさせられるかもしれん。そうなったら今度こそ、逃げ道はなくなるぞい?」

 何を隠そう八雲もまた、嫁取り問題で揉めていたのだ。
 八雲はつくもの主人として、いずれは所帯を持ち、跡継ぎとなる子を育てる必要があった。
 けれど肝心の八雲には、恋人を選ぶどころかその気はまるでないようで……。ぽん太と黒桜はもうずっと、頭を悩ませていたのだ。
 なんとかして、八雲の嫁となる娘を捕まえなければ。そこへ来ての花の来訪。この機を逃すまいと策を講じたふたりは見事に、今の状況を作り上げた。

「なぁ、八雲。お互いのためにも、もうこれしか道は残されていないと思わんか」

 このクソだぬき……と、ここでようやく、まんまとぽん太の策にハマったことに気がついた八雲は、(ほぞ)を噛んだ。

「なぁ、花。お前さんもそれでええら?」

 そして花もまた、ぽん太の提案に頷くほか、道は残されていなかった。
 寧ろ、あくまで"嫁候補"であれば、実際に結婚をせずとも済む。そのうちに一年が経ち、一年分の善ポイントを貯めて支払ったら、花はさっさとここから出ればいいだけの話なのだ。
 それはまた八雲も然り、とりあえず一年間だけでも周囲からの「早く結婚」攻撃を交わせるのならと考えてしまうほど、嫁取り問題に八雲自身も辟易していた。


「……わかりました。そしたら今日から一年間、どうぞよろしくお願いします!」

「……チッ」

 覚悟を決めて頭を下げた花とは対象的に、八雲は苦虫を噛み潰したような表情で舌を打った。
 そんな花と八雲を見てぽん太と黒桜のふたりは、晴れ晴れとした表情をしていて、今にも踊り出しそうである。
 ──まだ、冬の寒さに手足が痺れる頃の話だ。
 これから始まる前途多難の付喪神たちとの同居生活。
 けれど花は不思議と嫌な気はしておらず、小さく息を吐いたあとで鏡子のいた金襴袋をそっと優しく握りしめた。