「というわけで、花には是非、八雲の嫁に──」

「──勝手なことばかり言うな、ボロだぬき」

 そのとき、突然八雲がふたりの背後から現れた。
 虚をつかれた花は「ひゃっ!」と声を上げたが、苛立ちを顔に浮かべた八雲はそんなことはお構いなしである。

「なんじゃ八雲〜、聞いとったのか」

「聞いとったのか、じゃない。何度も言うが、俺は妻など娶らない。わかったら、さっさとその女を現世へと捨ててこい。一刻も早く! 今すぐに!」

 ビッ!と窓の外を指差した八雲の剣幕に、花は呆然とするほかなかった。

「そうはいってもなぁ〜、八雲」

「そうですよ、八雲坊。仮にもし、このまま花さんを現世に送り届けたとしても、花さんには無銭飲食・無銭宿泊の罪が死んだあとにまでついて回ることになります」

「罪が死んだあともついて回る……?」

 物騒な言葉に驚いた花が聞き返すと、黒桜は「はい」と頷いてから言葉を続けた。

「ここでの無銭飲食・無銭宿泊は重罪になります。そして現世では罪を償えないため、花さんが死んだ暁に刑が執行されるのです」

「そ、それは一体、どんな刑に処されるんですか?」

「地獄行きです」

「じ、地獄行き……!?」

 花はまさかここでも、杉下の妻にされたように地獄行きを宣告されるとは思わなかった。
 しかし今回は仮にも付喪神である黒桜からの宣告だ。先に言われたときの何倍も信憑性がある上に、現実味も十分にある。

「じ、地獄行きとか絶対嫌です……!」
 
 人を呪わば穴二つ。これはもしや、昨夜、八雲の腕の中で杉下に対してお前があの世に行け、などと喚き散らしたせいだろうか。
 兎にも角にも死んだあとのことなどはよくわからないが、地獄という響きは嫌な気配しかしない。
 花が叫べば、ぽん太が「そうだらぁ」と頷いてから、改めて話しの続きを口にした。

「じゃから今わしと黒桜が言ったとおり、八雲の嫁兼仲居として、ここで一年分の善ポイントを稼ぐしかないら」

「そうです、花さんに残された道はもうそれしかありません」

 ぽん太と同じく頷いている黒桜を前に、花はまた心に引っ掛かりを覚えた。
 宿泊代金を払うためには、ここで働いて一年分の善ポイントを稼がなければいけないことは理解した。
 それをせずに現世に戻ったら、行く行くは地獄行きになることも花は理解したつもりだ。