「わ、私……っ、もっと鏡子さんと話したかった……っ。今までありがとうってちゃんと伝えたかった……!」

 ずっと、母の形見として大切にしてきた手鏡だった。
 今日、ここ【つくも】に来るまでは花が一方的に語りかけるだけで、会話ができるなど想像もしていなかった。
 だけど、今にして思えば聞きたいことも話したいことも、たくさんあったのだ。
 鏡子が成仏してしまったあとではもう何もできないということは、母を亡くしたことのある花には嫌というほどわかっていた。

「わ、私……っ。最後の最後に鏡子さんを落として壊してしまって……っ。もっと大切にすることもできたはずなのに、不注意であんな姿にしてしまって、私……っ」

 後悔を口にする花に、八雲が穏やかな声で言葉を添える。

「いいか、付喪神が本懐を遂げて成仏することは滅多にない。なぜなら百年以上を生きる付喪神より先に、持ち主である人のほうが常世へと旅立つからだ。大抵は器が壊れるか、そのときの持ち主によって供養されるか……その二択だ」

「にた、く……?」

「ああ。本懐を遂げての成仏は、持ち主と付喪神の心が通っていなければ起きないことだ。だからお前は、この度のことを誇っていい。鏡子が本懐を遂げて旅立てたのは、お前が今日まで鏡子を大切にしてきたからだ」

 そこまで言うと八雲は、泣き濡れる花を真っすぐに見つめた。
 まるで、黒く深い海のような眼差しに射抜かれた花は、息を止めて八雲の瞳を見つめてしまう。
 八雲は今、どうにかして泣いている花を励まそうとしているのだろう。

(すごく、嫌な奴だと思っていたけど……)

実は優しいのではないか?と、花は八雲を見直した。

「あ、あの……っ。色々、本当にありがとうございま──」

「ということで、泣きやんだならさっさと寝ろ」

「え……?」

「付き添いの付喪神もいなくなったのだから、明日は早くに出ていってもらうからな」

 けれど、花の考えは次の瞬間には粉々に砕かれた。
 そこまで言うと八雲は颯爽と踵を返し、一度も振り返ることなく部屋をあっという間に出ていってしまう。

(な、なに、これ……?)

 残された花は呆然と八雲が出ていった扉を見つめた。
 一瞬でもあの男を見直した自分がバカだった。
 しかし、八雲のお陰で後悔が晴れたのは確かで、そう思うと花はなんとも言えない気持ちになった。


 ♨ ♨ ♨


「ん〜〜〜……よく寝た……」

 翌朝、目を覚ました花の心はやはり、晴れていた。
 こんなにもグッスリと熟睡したのはいつぶりかもわからない。

(ここ最近は、いろんなことがありすぎて、あんまり寝れなかったしなぁ……)

 昨夜、極上の温泉に浸かり美味しいものを食べて、泣きたいだけ泣いてスッキリしたお陰だろう。
 鏡子がいなくなってしまったことに寂しさは感じるが、付喪神にとって幸せな成仏ができたのならと納得もできた。