「そ、それじゃあ……私があのとき、不注意で落としさえしなければ、鏡子さんがいなくなることはなかったんじゃ……」
真っ青になった花が八雲に問いかけると、八雲はそっと目を細めた。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「それは、どういう……っ」
「今言ったとおり、付喪神が成仏する理由はいくつかある。確かに器が壊れたことが引き金ではあったかもしれないが……。それとは別に、"ある本懐"を遂げたからこそ、こうして器と一緒に、常世へ旅立つことができたといえる」
「ある、本懐……?」
八雲の言葉に、花は思わず首を傾げた。
本懐とは、一体なんのことなのか。花にはまるで検討もつかなくて、八雲の言葉の続きを待つことしかできない。
「鏡子は、これまでずっとお前に寄り添ってきたのだろう。持ち主であるお前を、大切に思っていたんだ。だからお前が、頑なな心を開いて素直に涙を流したのを見て、自分はもう必要ないと考え安心して成仏したと考えるのが筋だろう」
花はいつも鏡子に映る自分を見て、『今日も笑顔!』と自分自身に言い聞かせていた。
もちろん杉下のときのように本心では泣きたい日も、挫けそうになった日も何度もあったが、泣かまいと鏡子の前で誓い続けた。
「鏡子は母のように、いつでもお前を想っていた。付喪神にとって、器が壊れての強制成仏と、本懐を遂げて自ら常世へ旅立つのでは終わりの形が違ってくる」
「終わりの形って……」
「本懐を遂げての成仏なら、媒体であった"器"は現世に残らない。逆に、器が壊れての強制成仏であれば現世に壊れた器が残る」
「それは、つまり……」
「ここに器となる手鏡がないということは、鏡子は自分のすべてを連れて常世へ旅立ったということだ。本懐を遂げての成仏。それは百年以上を生きた付喪神の、一点の悔いも残さぬ、最高の形の成仏だ」
八雲のその言葉を聞いた瞬間、わっと花の目から大粒の涙があふれ出した。
それは先程までの涙の質の比ではない。
温かく、優しく、ほんの少しの後悔を残した、胸が詰まる落涙だった。