熱海温泉つくも神様のお宿で花嫁修業いたします

 


「あの、それで……二度目はどうやって食べたらいいですか?」

 こうなったらもう、花の食欲は止まらない。
 八雲が先程、つくものまご茶漬けは三度楽しめると言っていたことを忘れない花は、目を輝かせながら八雲を見つめた。
 すると八雲は空になったお茶碗を手に取って、また先程と同じように鯵のミニ海鮮丼を作ると花の前に静かに置いた。

「では、次は、これにこちらのお出汁をかけてお召し上がりください」

 いよいよ、名前の通り"まご茶漬け"にするのである。花の心が、また陽気に踊り出した。
 美しい所作で着物の袖を押さえた八雲は、膳に乗っていた湯桶を手に取り、それをそっと茶碗のそばへと持ってきた。

(わ……!)

 そして花が驚く間もなく、湯桶の中身を円を描くようにミニ海鮮丼へと回しかけた。
 その瞬間、鯵の切り身が生と半生の狭間のような美味しい姿に変化して、ひたひたの出汁から白い湯気が立ち昇る。
 同時に、なんとも言えない芳醇な香りが部屋の中に漂って、思わず花はスーっと息を吸い込み溜め息をついた。

(このお出汁の香りだけで、ご飯が進みそう……)

 花の思いは、顔に出ていたのだろう。
 八雲は花が聞かずとも、たった今、回しかけた出汁についての説明をしてくれた。

「こちらのお出汁は、鯵の骨と鰹節からとった特製出汁になります」

「え……お出汁も鯵からとるんですか?」

「はい。お好みの薬味と一緒に、お召し上がりください」

 熱々の出汁のかかったまご茶漬けからは、ほくほくと食欲をそそる白い湯気が立ちこめている。
 花は迷いながらも三種の薬味のうち残り二つの、刻み海苔とワサビを出来上がったまご茶漬けの上にそっと乗せた。
 次に箸からレンゲに持ち替え、薬味と鯵のタタキ、ご飯を軽く混ぜてみる。
 その間にも出汁の香りが鼻孔をくすぐり、ここが家なら花は我慢できずにガツガツと茶漬けを口の中にかき込んでいただろう。

「……いただきます」

 二度目のいただきますを口にした花は、軽く混ぜた中身を、たっぷりのお出汁と一緒にすくい上げた。
 先程はプリプリの新鮮さを売りにしていた鯵だが、今は熱い出汁に浸かって色味を変えている。
 ふーふーと念入りに息を吹きかけ、やや冷ましたら、花はまたパクリとそれを一口で頬張った。

「ん〜〜〜〜っ!!」

 口に入れた瞬間、出汁と鯵の優しい旨味が口いっぱいに広がっていく。
 遅れてワサビのツーンとした辛味が鼻を抜けたが、それもまた味のアクセントにちょうどよかった。

(な、なにこれ……最高っ‼)

 あっさりとした出汁と、新鮮な鯵の相性が抜群である。サラサラとした食感と、鯵のコリコリの食感がお茶漬けとしても新しかった。

「これも美味しいです……!」

 花が感動を口にすると、向かいに座る鏡子さんがクスリと笑った。

「ふふっ。花さんは、とても美味しそうに食べるわね」

「あ……す、すみません……っ。落ち着かなくて。でもほんとに美味しいから、つい感動してしまって勝手に声が……」

 花が慌てて謝ると、鏡子は「わかるわ、本当に美味しいものね」と零して微笑んだ。

「外で冷えた身体が、芯から温まっていく感じよね」

「はい! まさにそれです!」

 まご茶漬けは美味しいだけでなく、冷えた身体も内側から暖めた。

「それで八雲さん、"三度楽しめる"の最後は、どんな食べ方を?」

 次に八雲に尋ねたのは鏡子だ。
 鏡子の問いに、八雲は穏やかに目を細めてから、膳の奥に置かれた鯵の干物を指してみせた。

「最後は、こちらの鯵の干物をほぐして、お好みの量をそちらの茶碗に入れて一緒にお召し上がりください」

「鯵の干物を、お茶漬けの具として一緒に?」

「はい。もちろん、こちらの干物はそれだけでも美味しくお召し上がりいただけますが、まご茶漬けとして食べていただくのも一興です」

 八雲の声に迷いはない。
 結果として、花と鏡子は半信半疑になりながらも鯵の干物へと箸を伸ばした。
 そして八雲に言われたとおり、鯵の干物の身を取ろうとして──驚いた。
 干物なのに、驚くほど柔らかい。
 箸をつけた途端にジュワっと油が染み出た干物の身はふわふわで、簡単にほぐすことができた。

(ほんとに、これだけでも美味しそう……)

 花は思わずまたゴクリと喉を鳴らして、鯵の身を箸で掴んで茶碗に移した。
 レンゲに持ち替え、茶碗の中で鯵の干物を出汁に浸す。
 すると干物から溶け出した油が、キラキラと出汁のなかに四散した。