「さぁ、どうぞ! お部屋までご案内いたします!」
「食事もすぐに用意しよう。とりあえずは、温泉で冷えた身体を温めるといい」
そうして花と鏡子は、ぽん太と黒桜の案内で、建物の二階にある一室へと通された。
(今から熱い温泉だけじゃなくて、美味しいご飯にありつける……)
とにかく今は、花はそれが嬉しくてたまらない。
欲求の塊となった花にとって、ここが付喪神専用の宿だということなど、二の次、三の次になっていた。
♨ ♨ ♨
「はぁ……極楽極楽……」
部屋に通された花はすぐに、黒桜に説明を受けた大浴場へと向かった。
鏡子も一緒に行かないかと花は声を掛けたのだが、鏡子には「私はあとで入るから、ひとりでゆっくり浸かっていらっしゃい」と窘められた。
(鏡子さんって、なんだかお母さんみたいだなぁ……)
母の形見の手鏡だからそう感じるのだろうかと花は考えたが、まだ夜は長いのでとりあえずお言葉に甘えて、一足先に熱海の湯を堪能させてもらうことにした。
ずっと貧乏生活で、社会人になっても仕事に追われて旅行などに縁がなかった花は、熱海の温泉に浸かるのはこれが初めての経験だ。
「肌に優しい、弱アルカリ性……」
確か、サンビーチに来るまでに見た案内で、そんな言葉を目にした気がする。
『かの徳川家康公も、生前ふたりの子を連れて、湯治のためにここ熱海を訪れたのですよ』
熱海温泉は無色透明で匂いも香りもないが、保温効果の高さや美肌感が十分に体感できる素晴らしい泉質だ──と、黒桜は誇らしげに語った。
人によって効果は様々だが、健康にも良い効能があるということだ。
「はぁ〜〜〜〜。気持ちがいい上に、身体の中から綺麗になれるなんて最高すぎる……」
ひのきの香りが漂う広々とした浴槽で、手足を伸ばした花は極楽の溜め息をついた。
まるで身体に蓄積していたストレスが湯に溶けて消えていくようだ。これだけで十分、健康促進の効果を感じられる。
(冷え切っていた身体が、芯まで温まっていくみたい……)
額にはじわじわと汗が滲むが、それをザブンと流すのも心地が良い。貸し切り状態のお風呂はまさに夢心地で、心ゆくまま贅沢な時間を堪能することができた。
『温泉に浸かったあとは、なるべくシャワーなどで身体を流さず、そのままタオルで拭き取るといいですよ。そうすることで温泉の成分が肌に浸透して、より効果的だと言われています』
湯上がりには黒桜に言われたとおりに、特に上がり湯などもしないで身体をタオルで拭き上げた。
そのおかげかどうかは定かでないが、なんだかいつもよりも身体がポカポカしているみたいだ。
用意されていた浴衣に着替え、茶羽織に袖を通した花は、セミロングの髪をゴムでくるりとひとつに纏めた。
そして鏡子の待つ部屋まで急いで戻る。花は少しでも早く、鏡子にも素晴らしい湯を楽しんでほしいと考えていた。



