「あ、あの……」
 
「花、そなたはとても奥ゆかしい女性だ。俺はそなたが気に入った」

 気に入った──とは、つまりどういうことだろうかと花が尋ねるより先に、薙光が花の右手をそっと掴んで持ち上げた。

「どうだ、花。俺の嫁にならないか」

「え……なっ、薙光さんの奥さんに、ですか!?」

「ああ、そうだ。俺と結婚してほしい」

 花は驚いて目を見張る。
 一瞬、何かの聞き間違えかと思ったが、薙光はとても冗談を言っているようには思えないほど真剣だった。

(私が、薙光さんのお嫁さんになるなんて……)

 突然の薙光からの求婚に、花だけでなくぽん太に黒桜、そしてちょう助まで目を白黒させて固まっている。

「ここを辞めて、俺のいる美術館へ来れば良い。そこで共に、現世と常世の狭間で永久(とわ)に幸せに暮らそうぞ」

 これじゃあまさに、乙女ゲームの最終話の展開だと花は混乱する頭の片隅で考えた。
 思わぬ事態に頭の整理が追いつかない。
 花は、「え、あの、う、え?」と言葉にならない声を出して、慌てふためくことしかできなかった。

「大丈夫だ。そなたが願うのなら好きなときに、ここや現世へ足を運べばよい。そなたが生きやすいように、俺がどんなことでも叶えて──」

「──申し訳ありません、薙光殿。その申し出は、お受け出来かねます」

 と、そのとき。薙光の熱い告白の言葉を、今の今まで黙りこくっていた八雲が切った。
 そうして八雲は薙光と花の間に身体を割り入れ、花の手を掴んでいた薙光の手を引き剥がすと、自分の背に花を隠すようにして薙光と対峙した。

「なんだ、八雲。何か問題でもあるというのか」

「はい。申し遅れましたが、彼女は私の妻となる女性です。そのため、たとえ相手があなたであろうと彼女を譲ることはできません」

 一縷の迷いのない声でそう言った八雲は、鋭く射るような視線を薙光へと向けた。
 対して花は、八雲のその毅然とした態度に、胸の鼓動が早鐘を打つように高鳴りだして、上手く呼吸もできなくなる。

(また、こんな……っ)

 ここしばらくは、もうずっとこうだった。
 八雲の男らしい一面や笑顔を見るたびにドキドキして、胸が締め付けられたように苦しくなる。
 そうして、そういうときは決まって今のように頬が赤くなってしまうのだ。
 まるで身体中の血液が沸騰したように熱くなって、八雲のことが頭から離れなくなった。

(ほ、ほんとに、これじゃあまるで私が、八雲さんを好きみたいな──)

 心の中で独りごちた花は、それ以上を言葉にできずに噛み締める。
 間違いなく、花は八雲に惹かれている。
 もちろん花自身も誰よりそのことに気がついていたが、認めてしまえば負けのような気がして、それ以上深く考えることは脳が全力で拒絶していた。