「な、薙光殿。それは、一体どれくらいの善なのでしょうか……?」

 思わず口を挟んだのは黒桜だ。
 薙光は黒桜の質問に不思議そうに瞬きをしたあと、改めて質問に答えてみせた。

「そうだな……。普通であれば約一年、善を積むくらいの量だ」

「い、一年分⁉」

 声を揃えたのは、ぽん太に黒桜、ちょう助、そして花の四人だった。
 四人の反応に、また薙光が不思議そうに眉根を寄せて首を傾げる。
 けれど、四人が驚くのも無理はないだろう。
 一年分の善といえば、花がつくもを出ていくために必要な善の量で間違いない。

(ということはつまり、今、薙光さんから一年分の善を貰えたら、私は晴れて地獄行きを免れて、すぐにでも現世に帰れるってことだよね……)

 頭の中で状況を整理した花は、思わずゴクリと喉を鳴らした。

「花……」

 そのときだ。不意に不安げに花の名前を呟いたちょう助の声に、花はハッとして我にかえった。
 そうして改めて、花は自分の周りに立つ、つくもの面々へと目を向ける。
 ぽん太に黒桜、ちょう助。そして──半歩前に立ちながらも真っすぐに前を向き、花の方を向こうともしない八雲を見上げた。
 
「一体、どうしたというのだ?」

 戸惑いを浮かべた花に気がついた薙光が、心配そうに声をかけた。
 八雲よりも昨日会ったばかりの薙光のほうがよっぽど、花のことを気に掛けてくれているようにも思える。

(でも……でも、私は──)

「申し訳ありません……」

 ゆっくりと震える息を吐いた花は、そう言うと真っすぐに顔を上げて薙光の整った顔立ちを見つめた。

「お気持ち、とても嬉しいですし感謝いたします。でも……私には、コツコツと善を積んでいくほうが性に合っているので、今回はお気持ちだけ頂戴させてください」

 言いながら、花は苦笑いを浮かべた。
 今、自分はすごくもったいないことをしているに違いない。
 それでも確かに薙光に断りを入れた花は、不思議と後悔はしていなかった。

「本当に申し訳ありません。せっかくの薙光様のお気持ちを──」

「──気に入った」

「え……?」

 けれど、不意にそう言った薙光が、更に一歩前に出た。
 花は自分よりも頭ひとつほど高い薙光の顔を見上げて、何が起きたのかわからないといった様子で思わず声を詰まらせた。