「……っ、」
すると次の瞬間、サク……という優しい音が、鼓膜を揺らす。
「これは──っ!」
マカロンを口にした薙光は、あまりの美味しさに思わずといった様子で声を上げた。
だいだいのマカロンは口に入れた瞬間、生地が舌の上で溶けてしまうのだ。
そして後を追うように、だいだい入りチョコレートガナッシュのほろ苦い甘さが口いっぱいに広がって、味の変化を楽しませてくれる。
ただ甘いだけでなく、ガナッシュの風味が加わることで品の良い一品へと仕上がっていた。
柑橘系特有の爽やかな香りも、嗅覚を楽しませる。
口溶けのよいマカロンは、だいだいの甘さと酸味が絶妙にマッチした一品だった。
「これは本当に……疲れまで溶けていくような、不思議な力のある菓子だ」
マカロンを絶賛した薙光の言葉に、花は思わず満面の笑みを浮かべて料理の数々を振り返る。
「他にも、だいだいプリン、だいだいチーズケーキ、だいだいのフォンダンショコラ、だいだい饅頭に、だいだい羊羹……。あ、あと軽食だと、つくも特性だいだいの手まり寿司もご用意しております」
「だいだいの……手まり寿司?」
「はい。だいだい酢を使った酢飯と、新鮮なお魚を使ったお寿司です。こちらもとても美味しいので、是非是非お召し上がりください!」
花の言葉を聞いた薙光は、それまで戸惑いを浮かべていた表情を消して、今度は脱力したように息をついた。
「本当に……だいだい祭りだな」
「はい。お飲み物にもだいだい入り紅茶、だいだい酒までご用意しております。どれも本当にほっぺが落ちるくらいに美味しくて、最高にオススメの品ばかりです」
そこまで言った花は、堂々と胸を張った。
言葉の通り、どれも自信を持ってオススメできるものばかりなのだ。
だからこそ今、メニューの数々を紹介できることが嬉しくて堪らない。
どれを食べても幸せな気持ちになることは間違いなく、花自身が身を持って知っているのだ。
「薙光様は、だいだいの語源をご存知ですか?」
「だいだいの語源?」
ふと、宙を見つめた花は静かな声で薙光に尋ねる。
すると花の問いに、薙光は何を言っているのだという表情をして首を傾げた。
「だいだいは、冬に熟した実が春になっても落ちずに木についていることから、【代々続く】の意味で名付けられたと言われています」
これについては諸説あるらしいが、一応どの文献を調べても似たようなことが書いてあった。
「だから、だいだいは【代々家が栄える縁起の良い果物】として、正月飾りにも用いられてきました。熱海だいだいは、とっても縁起がいい果物なんですよ。だから今回は当初の予定よりも多く、メニューに取り入れることにしたんです」
花は、静かに微笑む。
そして、狐につままれたような顔をしている薙光を見て、今度は苦笑いを零した。



