「いや、そなたの想いを聞き、よりここが素晴らしい場所だと再認識できた。ありがとう」

 薙光は決して怒ることはせず、花の話をきちんと受け止めてくれたようだった。
 それだけでなく、「ありがとう」と言葉にした薙光を前に、懐の深さと器の大きさを花は感じずにはいられなかった。

「そんな……。こちらこそ、ありがとうございます」

 改めて花がお礼を口にすれば、薙光は笑顔で花の気持ちを受け止めた。
 その──薙光の応対を見て、言うなら今しかないと花は思った。

「あの……それで、薙光様。本日のご夕食についてのご案内が遅くなってしまい、申し訳ありません」

 ドクドクと、花の心臓が早鐘を打つように高鳴り始める。

「本日のご夕食なのですが、今日は皆様に喜んでいただくべく、つくもに仕える一流料理人が作り上げたデザートバイキングをご用意させていただきました」

「デザート、バイキング?」

 ようやくここに来た一番の目的を口にした花は、高鳴る鼓動を落ち着けるように息を吐くと真っすぐに薙光を見つめた。

「はい、デザートバイキングです」

 花の言葉に、それまで穏やかだった薙光が驚いたように目を見開く。
 そうして数秒の沈黙のあと──花は部屋の空気がピリ、と張り詰めたのがわかって、思わず背筋を凍らせた。

「ふ……っ、ふはっ、ハハッ」

 それまで落ち着き払っていた薙光が、唐突に喉を鳴らすと高い笑い声を上げた。
 次の瞬間、射るような鋭い視線に睨まれた花は、今度こそ全身の血の気が引くような恐ろしい感覚に襲われて息を呑む。

「は……ッ、デザートバイキングとは片腹痛い。我々は長く厳しい時代を生き抜いてきた名刀よ。そんな我らをデザートバイキングなどという子供騙しでもてなすとは、つくもは我らを馬鹿にしていると思ってよいのだな?」

「い……いえ! 決して、そんなことはありません……!」

 花は慌てて声を上げたが、薙光の放つ冷たい空気は変わらない。

「本当に私達は決して、薙光様たちを馬鹿にしてなど──」

「黙れ、人の娘よ! 所詮、貴様のような女には我々をもてなすなど無理な話だったのだ。八雲を呼べ、お前では話にならん。今すぐここへ八雲を呼んで、此度の無礼の謝罪をさせよ!」

「──っ、」

 有無を言わさぬ薙光の言葉と雰囲気に、花は気圧され言葉を飲み込んだ。
 ──薙光を怒らせてしまった。
 先程までの温厚な薙光は鳴りを潜めて、今はただ静かな怒りを滲ませている。

(どうしよう……っ)

 やはりデザートバイキングなど、国宝の付喪神相手に用意するべきではなかったのかもしれない。
 今更そんなことを考えた花は、自分が余計な提案をしたせいでつくもや八雲に迷惑をかけることになると下を向きかけたが、

「──薙光殿、お呼びでしょうか」

「……っ!」

 不意に扉の向こうから聞こえた八雲の声に、弾かれたように顔を上げた。

「や、八雲、さん……?」

 思わず、花の口から声が漏れる。
 そんな花を一瞥した薙光は、ゆっくりと八雲が立っているであろう部屋の扉へと目を向けた。

「……八雲か。入れ」

「失礼いたします」

 いつからそこにいたのだろう。
 八雲は薙光の無機質な声を受けたあとすぐに、上品な所作で部屋の扉を開けると部屋の中に入ってきた。

「なんだ、俺が説明せずとも一部始終を見ていたという顔だな」

 薙光は八雲の顔を見るなり開口一番にそう言うと、フッと口端を上げて(あざけ)った。
 対して八雲は「申し訳ありません」と答えたあと、薙光の言葉を肯定するように瞼を下ろして口を噤んだ。

「まぁいい。見ていたなら話は早い。八雲、これはどういうことだ。名刀である我々に、女子(おなご)が好むスイーツを召し上がれとは、やはり馬鹿にしているとしか思えないのだが?」

 そう言った薙光は、今度は八雲へ鋭い視線を向けて答えを待った。
 ふたりのやり取りを見ていることしかできない花は、警告音のように不穏に鳴る心臓の音を聞きながら必死に足を踏ん張っていた。