(ああ、でもきっと薙光さんは──)
六人を眺めていた花は、御一行の最後方へと吸い寄せられるように目を向けた。
前を歩く五人の背中を守るように、静寂をまといながら歩いてくる男。
男は遠目から見ても誰より気品漂う空気を醸し出しており、浅葱色の羽織が良く似合う美しい容姿をしていた。
「本日は、極楽湯屋つくもにお越しくださいまして、ありがとうございます」
御一行に頭を下げた八雲に習って、花も深く頭を下げる。
「──ああ、よろしく頼む」
答えたのは、花がつい目で追ってしまっていた浅葱色の羽織の男だ。
低く、艶のある声は所謂イケボに違いない。
加えて、男は近くで見ても中性的な顔立ちをした美男で、長い黒髪を後頭部の高い位置でひとつに結っている様は如何にも乙女ゲームの主要キャラクターといった風貌だった。
「薙光、久しぶりよのぅ。元気そうで何よりじゃ」
「おお、ぽん太殿もお変わりなさそうで何よりだ。今日は久々に、よろしく頼む」
一歩前に出たぽん太に対して、男は中性的な顔立ちに似合わず快活な笑顔を見せる。
やはり、花の予感は的中していた。浅葱色の羽織をまとった男が国宝の薙光だったのだ。
「黒桜も久しぶりだな。それで、そちらのものは──」
「は、はい! 申し遅れました。私、本日、仲居を務めさせていただきます、花と申します! どうぞよろしくお願いいたします!」
慌てて改めて頭を下げた花は、もう何度も口にした挨拶をしてから、御一行に向き直った。
「ほぅ……。人がここで仲居をしているとは珍しいな。まぁ良い、そなたも今日は、よろしく頼む」
そう言うと薙光は、花に向けて極上の笑みを浮かべる。
どうやら薙光は花が八雲の嫁候補であるとは知らない様子だった。
(そういえば薙光さんたち刀剣は、とあるブームのおかげで今すごく忙しいんだって黒桜さんも言ってたし……)
【巷で噂になっている八雲の嫁の話】とは、きっと無縁だったのだろう。
だとすれば、こちらから敢えてそれを聞くつもりもない花は、「よろしくお願いします」と、しらを切ることにした。



