「そんなの、決まってるよ……っ」
グラグラと頼りなく揺れる心にひとつの答えが出たとき、花の声が涙で濡れた。
そうしてゆっくりと顔を上げた花は、頬を伝った涙を手のひらで静かにぬぐう。
「とにかく今は……薙光さんたちを、しっかりおもてなしすることを考えなきゃ」
静寂に包まれた廊下で、背筋を伸ばして息を吐く。
花の心は決まっていた。
花が仲居としてやらなければいけないことは、ひとつだった。
「よし……っ。気合い!」
雑念を振り払うかのように頭を振った花は、パン!と両手で自身の頬を叩いて立ち上がる。
どこまでも続いているようにも見える真っすぐな廊下に目を向ければ、自然と気持ちも前を向いた。
♨ ♨ ♨
「い、いよいよ、この日が来ましたね……!」
夜が段々と短くなり始めた、春真っ盛りの気持ちの良い朝だった。
今日はついに、薙光御一行様がつくもを訪れる日だ。
御一行様の到着予定時刻よりも随分前からつくもの玄関ホール前で待ち構えていた花は、落ち着かない様子であちこちを歩き回っていた。
「い、一応、百回くらい玄関ホールにホコリが落ちてないか確認したんですけど、今からでも百一回目の確認をしたほうがいいでしょうか……⁉」
目を血走らせながら言う花を前に、黒桜とぽん太は呆れたように息をつくと「まぁまぁ」と口を揃える。
「花さん、大丈夫ですよ。落ち着いてください」
「そうじゃ、花。ホコリのひとつやふたつ、いざとなったらわしが自慢の尻尾でサッと払ってやるから心配無用じゃ」
黒桜とぽん太はそう言って、花を安心させるように笑みを浮かべた。
黒桜もぽん太も、当初は久々の薙光御一行の宿泊予約に対してそれなりに緊張していたようだが、自分たちよりも数倍は落ち着かない様子の花を前に、逆に冷静さを取り戻したようだった。
「そもそも薙光は、別に虎之丞のように理不尽なクレームをつけてくる奴ではないからのぅ」
「で、でも、今回は私が発案したデザートバイキングが、薙光さん率いる御一行様をおもてなしするためのキーパーソンですし──」
「──いらしたぞ」
と、不安げな花の声を、先頭に立っていた八雲が切った。
弾かれたように花とぽん太、黒桜が顔を上げれば石畳の上を静かに歩いてくる、六人の男たちが姿を見せた。
六人はそれぞれに背丈や外見も違うが、皆一様に侍のような格好をしている。
小袖に羽織袴をまとい、足元は足袋と雪駄だ。
腰に刀……は、さすがに本人たちが刀剣を器としている付喪神のため差してはいないが、静けさと威厳を併せ持つ佇まいは、器本来の鋭い切れ味を彷彿とさせた。
さすが、国宝に加えて国の重要文化財というだけの崇高さが滲み出ている。



