「はぁ……。ほれ、八雲も。お客様に対してその口の聞き方はないじゃろう。いくら相手が人とはいえ、つくもの若旦那たるもの常に余裕を着飾るくらいでないといかん」
短い腕を組み、うんうんと頷くしゃべるたぬき。どうやら最低男の名は、八雲というらしい。
だけど今の花には、男の名など実にどうでもいいことだった。
(や、やっぱり、しゃべってる……! たぬきなのに二本足で立って、人みたいにしゃべってる……!)
サーッと血の気が引いた花は、その場に足の根が張ったように動けなくなってしまった。
けれどあわあわと狼狽える花を他所に、最低男とたぬきは花のことで揉め始めた。
「違う。こいつは客ではなく、迷惑な迷子だ」
「ノンノン。気配は弱くなってしまっているが、お客様のお連れ様じゃよ」
「お客様の……お連れ様?」
そう言うと男は、目を細めて花を見た。
再び鋭い視線を向けられた花はまた何を言われるのかと身構えたが、男は何を言うでもなく花を観察するように見つめるだけだった。
「……チッ、」
そうして男は一瞬花の鞄へと目を落としたあと、先程と同じように短く舌を打った。
思わず花はビクリと肩を強張らせたが、男は意にも介さぬ様子で瞼を閉じて、眉根を寄せる。
「のぅ、わしの言ったとおりじゃろう。大切なお客様のお連れ様となっちゃあ、さすがのお前さんも無下にはできんら」
「……だが人だ」
「ああ。人だが、この娘も大切なお客様じゃよ」
たぬきが窘めるように言うと、とうとう男は黙り込んだ。
(この人、当たり前のようにたぬきと話しているけど、一体なんなの……)
もしかして自分は悪い夢でも見続けているのだろうかと花は思う。
けれど頬を抓っても痛いし冬の寒さも感じるし、夢にしてはやけにリアルで目覚めない。
「そういうわけじゃ、娘。それでお前さん、名はなんと言うのかの」
けれど自問自答をしていたら、再びたぬきは花へと目を向け声を掛けてきた。
花は咄嗟に身構えたが、そんな花を見てたぬきはそっと微笑むと、再度柔らかな口調で静かに尋ねる。



