熱海温泉つくも神様のお宿で花嫁修業いたします

 

「あの……。八雲さんには、私から伝えてもいいですか?」

 花の問いにぽん太はキョトンと目を丸くしたが、すぐにフッと息をこぼすように穏やかな笑みを浮かべる。

「今朝のことも、謝りたいし……」

「あい、わかった。そもそも、デザートバイキングは花の発案じゃしのぅ。花が伝えるのが一番だら」

 「行ってこい」と背中を押してくれたぽん太に、花は表情を明るくして「ありがとうございます」とお礼を言った。

「それじゃあ私、早速八雲さんのところに──」

 けれど、そう言った花が踵を返そうとしたとき、ぽん太がとても穏やかかつ力強い声で、花のことを引き止めた。

「……花。お前さんは、決して情けなくなんか無いぞい」

「え……」

 突然のぽん太の言葉に、花は驚いて振り返る。
 すると、花を見て穏やかな笑みを浮かべる三人の姿が目に入った。

「そうですよ、花さん。花さんはいつも一生懸命で……。花さんが来てくれてから、つくもには笑顔が増えました」

「黒桜さん……」

「そうだよ、花。俺だって、花のおかげで前より少しは人のことが嫌いじゃなくなった気がするし……。何より、今は花のことが大好きだもん。だから花は、情けなくなんかない! 花の良さは、俺達がちゃんとわかってるよ!」

 三人の言葉を聞いた花の目が潤む。
 花はそっと唇を噛み締めてから、「ありがとう」と返事をして、くしゃりと笑った。

「八雲さんのところに行ってきます!」

 そうして、今度こそ花は踵を返すと八雲がいるであろう八雲の自室へと向かった。
 廊下を歩く足は軽やかで、花の心には優しい風が吹いていた。


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(……なんだかすごく、緊張する)

 ──月明かりの差すつくもの廊下は、酷く幻想的だ。
 花は昼間に、つくもの外観は現世にある温泉宿とさして変わらないと思ったばかりだったが、夜になって改めて内側からつくもを見てみれば、ここは完全なる異空間で浮世離れした場所にしか思えなかった。
 三人と別れ、ひと気のない静寂に包まれた廊下を足早に歩いた花は、つくもでも一番奥に位置する部屋の扉の前で足を止めた。
 ここに来るのは──二度目だ。
 つくもに来て仲居の仕事の説明をぽん太から受けた際、ここが八雲の部屋だと説明されて以来だった。