熱海温泉つくも神様のお宿で花嫁修業いたします

 

「私……薙光さん率いる御一行様がいらっしゃると聞いてから、ずっと考えていたんです。"今の自分には、何ができるんだろう"……って」

 花は昔から、誰かに自信を持って披露できるような特技を、ひとつも持ち合わせていなかった。
 それはずっと、花のコンプレックスのひとつでもあったのだ。

「私、前の職も、とにかくお父さんを安心させたいと思って選んだ仕事だったんです」

 とにかく、名前をよく聞く大手企業に入って、自分を途中から男手ひとつで育ててくれた父を安心させたいと、その一心で選んだ会社だった。

「もちろん、仕事は一生懸命やっていたつもりです。結局、最後は失敗しちゃったけど……。でも、今思えば辞めると決めたときからずっと、"自分はあの会社で何がしたかったんだろう"って考えていたんです」

 結局、答えは見つけられなかった。
 だからこそ花はここでも、同じように悩み続けていたのだ。

「和歌も短歌も、琴も三味線も日本舞踊も。流鏑馬だって私には無理だけど……。でも、私は食べることが大好きだから。だからデザートなら私でも、色々と考えられると思うんです。それに今はどんなものが流行ってるかとか、この携帯電話でも調べられるし、見た目とかバランスとか味とか……食いしん坊なりの意見が、色々と出せると思うんです!」

 大して胸を張れることではないというのは、花自身も承知していた。
 けれど今、【自分が、できることはなんだろう】と考えたときに思い浮かんだのがこれしかなかったのだ。

「情けなくて、すみません……。でも、仲居の私がつくもでできることは、熱海の素晴らしいところや、つくもの良さ……。何より自分が美味しいと思ったものを、お客様に一生懸命伝えることだけだと思ったんです……」

 苦笑いを零した花は、そう言うと携帯電話を胸に引き寄せた。
 これが今、自分がつくもでできることだ。
 自分が良いと思ったもの、美味しいと思ったものを、お客様にも楽しんでもらえるように精一杯伝えることこそ、今の自分がしたいことなのだと花はようやく気がついた。

「デザートバイキングには軽食がついていることが多いですし、お食事としても楽しんでいただけるようにバランスを考えたら、更に華やかにもなると思うんです」

 真っすぐに顔を上げた花は、再び胸の前で拳を強く握りしめた。