「あ……」
そのとき、花は鏡台の片隅に置いてあった携帯電話のお知らせランプが光っていることに気づいた。
何の気なしに手を伸ばすと、それを手に取り電源ボタンに指を乗せる。
考えてみたらつくもに来てから、父に仕事が見つかったと連絡したくらいで、その後は誰とも連絡を取っていなかった。
久しぶりに画面をタップすると充電はまだ20%ほど残っており、電波も変わらず届いているようだった。
加えてよくよく見てみれば、学生時代のグループメッセージでは友人のひとりに子供が生まれたという話題で盛り上がっている。
「みんな元気そうだなー」
生まれたばかりの赤ちゃんの写真や、結婚して海外で内々に挙式を挙げた友人からの幸せそうな写真。
子供の成長を知らせるメッセージや写真を流し読みながら、花は思わず微笑んだ。
花がつくもに来てから、早二ヶ月以上の月日が経っている。
その間にも現世では様々な変化が起こっており、変わらないのはここにいる自分ひとりのような気がした。
「……返事、遅れてごめんね。みっちょん、子供産まれたんだね、おめでとう! ……あと、ユミは改めて結婚おめでとう。ウエディングドレス、すごく良く似合ってるね──」
友人たちへのお祝いの言葉を返信しながら、ふと指を止めた花は一瞬の間を空けて──呼吸をするように、自嘲した。
自分だけが、彼女たちに何ひとつ報告できることがないということに気がついたのだ。
自分だけが立ち止まっていて、どんどん置いてけぼりになっていることに気がついてしまって、心に重石が落ちてきたように気持ちが沈んだ。
いや……実際は、花にも報告しようと思えば報告できることもある。
けれどまさか、【不倫未遂を起こして会社を自主退職するはめになり、実家に帰る途中で立ち寄った熱海で紆余曲折あって死後の地獄行きを避けるために付喪神専用の温泉宿で働くことになりました──】なんて爆弾を、幸せムードが溢れる会話の中に落とせるわけがなかった。



