『子供の頃は、よく"妖怪の子"と言われて虐められた』
『俺がどんな不遇な目に遭おうとも、大人も見て見ぬふりで決して手を差し伸べてはくれなかった』
あのとき八雲は、だから自分は人が嫌いなのだと花に言った。
加えて、『付喪神たちは人とは違い、基本的に裏表がなく、自分の感情に正直なんだ』と話してくれた。
けれど、それは裏を返せば八雲が、"人は信用できない"と言っているのと同じだった。
今更ながら、八雲の言葉の真意に気がついた花は、掴んでいた箒の柄をグッと胸元へと引き寄せて下唇を噛み締めた。
「……八雲さんは、これまで色々と辛い思いをしてきたんですね」
花自身も幼い頃に母を亡くしているので、母親のいない寂しさや辛さはわかっているつもりだ。
けれど、そもそも八雲には母親そのものの記憶自体がないのだから比べること自体が間違っているのかもしれない。
その上、八雲は父親まで十三歳で亡くしている。
その状況下で他者から"妖怪の子"などと言われて虐げられれば、人を信用できなくなるのも当然だろう。
当時の八雲が抱えた不安は、想像に難しくなかった。
実家は貧乏な電気屋だが、一応父親は元気に生きている花が随分マシに思える。
(私には、手を差し伸べてくれた人がたくさんいたから……)
幼くして母を亡くした花を近所の人たちはよく可愛がってくれたし、困ったことがあればできる範囲で手助けもしてくれた。
対して八雲は周囲の人々から虐げられただけでなく、亡くなった父の代わりに十三歳という若さでつくもの主人となり、今日までここを立派に守り続けてきたのだ。
その苦労がどれほどのものだったか花にはやはり計り知ることはできないが、きっと熱海の道のように平坦ではなかったに違いないということだけは想像ができた。
同時に花は、八雲の徹底した他者に対する距離の置き方や、弱さや甘さを見せない態度と言動について、ようやく納得がいった気がした。
八雲はそうして、今日までつくもを守ってきたのだろう。
今日までずっと──そうすることで、自分自身の心が折れないように、奮い立たせてきたに違いなかった。



