「どうしよう、私……。また、八雲さんを怒らせちゃいましたかね……」
弱気な言葉を溢した花を前に、ぽん太が緩く首を左右に振った。
「いんや、大丈夫じゃよ。八雲は怒ってはおらん」
「でも……」
「そうですよ、花さん。八雲坊は決して、花さんに怒っているわけではありませんよ」
ぽん太に続いて、黒桜も花を慰めるように言葉を添えた。
「ただ……八雲は今、八雲自身が言ったとおり、少々複雑な事情を抱えておる」
「複雑な事情……ですか?」
神妙な顔つきで話しだしたぽん太を前に、花は自分の胸の鼓動が不穏に鳴りだしたのを感じた。
「わしは初代の頃から代々【支配人補佐】としてここつくもに務めているが、十三という若さで主人になったのは、八雲が初めてのことじゃった」
ぽん太の言葉に、花は再び驚いて目を見開いた。
──八雲は、十三歳でつくもの主人になった。
十三歳といえば、まだ小学生が中学生になったばかりの頃だ。
そんな多感な時期の、未完成な子供である八雲がどうして、つくもの主人を務めることになったのだろう。
「つくもは、先代が亡くなると同時に、子にお役目が継がれる仕来りなのです」
「え……。じゃ、じゃあ──」
「ええ。先代──八雲坊の父上は、八雲坊が十三のときに病で亡くなりました。その上、八雲坊は赤子の頃に母君も亡くしているので……。今の歳になるまで、八雲坊は八雲坊なりに、大変なご苦労をされてきたのですよ」
噛み締めるように言った黒桜は、苦笑いを溢して目を伏せる。
花はまさか、八雲が父親だけでなく母親までもを幼い頃に亡くしているとは思わず、今度こそ言葉を失くして固まった。
(それも、お母さんは赤ちゃんの頃に亡くしてるって……。じゃあ八雲さんには、お母さんの記憶もないに等しいってことだよね?)
考えたらズキリと、花の胸が酷く痛んだ。
同時に花が思い出したのは、以前、八雲から聞かされた八雲の幼い頃の話だった。



