「……あれ?」
「花さん、八代目は──」
「八代目は、もういない」
弱々しく答えようとした黒桜の言葉を、八雲が温度のない声で切った。
「え……もういないって──」
「言葉の通りだ。つくもの八代目……俺の父は、俺が十三歳のときに病により他界している」
八雲の口から聞かされた新事実に、花は思わず言葉を失くして固まった。
まさか、花は八雲の両親が亡くなっているとは夢にも思わなかったのだ。
てっきり、八雲につくもを任せて八代目を引退し、どこか別の場所で夫婦仲良く暮らしているのだろうと思った。
「す、すみません。私、何も知らなくて……」
花は居所をなくしたように視線を彷徨わせたあと、蚊の泣くような声を出した。
「別に、お前が謝る必要はない。だが……そういうわけで、薙光のことに関して父に相談することはできないし、そもそも薙光御一行は【今のつくも】の最高のもてなしを求めてやってくるのに、過去に縋った時点で本末転倒となるだろう」
淡々とした口調ながら断言した八雲を前に、とうとう返す言葉を失くした花は、シュンと萎れて肩を落とした。
そもそも、八雲の父に頼ろうというのも他力本願に近かった。
改めて、自分の甘さに気づいた花は、箒を持つ手に力を込めた。
「やっぱり八雲さんの言うとおり、私の考えが甘かったです。すみませんでした…」
けれど萎れる花を前に、八雲は穏やかな様子のままで再び瞼を下ろす。
「いや……いい。とにかく時間がないことだけは確かなんだ。今一度、俺もよく考えてみるとしよう」
そうして、それだけ言い残した八雲は踵を返すと、つくもの建物の中へと戻っていった。
残された四人の間には、なんとも言えない沈んだ空気が流れて互いに視線が下へと落ちる。



