「ごめんね、花。俺の料理だけで、薙光さんたちを満足させることができれば良かったんだけど……」

 代わりにシュンと肩を落としたのはちょう助だった。
 ちょう助は、八雲の隣で溜め息をこぼすと、自身が着ている白い和服コックコートの裾をギュッと掴んだ。

「俺にもっと、料理の腕があれば……」

「そんな……! ちょう助くんがあやまることじゃないよ! ちょう助くんの作る料理のおかげで、私達従業員はいつも助けられてるんだもん。だからちょう助くんが謝るなら、私の方こそ他力本願ばかりでごめんなさいだよ……」

 花が身を乗り出すと、ちょう助は戸惑いながらも「ありがとう」と零して、微かに笑った。
 けれど実際、ちょう助の料理だけでは十分なおもてなしにはならないとなったら、どうすれば良いのかわからない。
 もちろん、仲居として花は最善を尽くすつもりだが、今の話を聞く限りではそれだけでは不十分に違いなかった。
 
(薙光さんたちを納得させる、最高のおもてなし……)

 ならば、花はつくもの売りのひとつでもある温泉に、ひと工夫するのはどうだろうかと考えてみた。
 湯船に柚子でも浮かべて替わり湯にしてみるか……。しかしそれでは、大した目新しさにもならないだろう。

「うーーーーーーん……」

 腕を組み、深く唸った花は徐に八雲へと目を向けた。

「……八雲さんは、どう思いますか?」

「どう、とは?」

「いえ、その……。八雲さんから見た薙光さん御一行って、どんな感じなのかなぁと思って……」

 花の質問に、八雲は虚をつかれたような顔をした。
 八雲は、まさか花が自分に質問をするとは思ってもいなかったのだ。
 花からすれば単純に、つくもの主人を務める八雲の意見を仰いだだけにすぎないのだが……。
 実際は、それだけではない。
 花は自分と同じ"人"でありながら、付喪神にも精通する八雲であれば、何か突破口となる良案を思いつくかもしれないと考えた。