「ふぅ……」

「──花っ! アンニュイな溜め息などついている場合ではないぞ!」

 そのときだ。ポンっ!という効果音とともに花の目の前にぽん太が現れた。
 花は反射的に目を見張りこそすれ、最初の頃のように声を上げて驚かない。
 付喪神たちの不意打ちの登場に慣れてしまったのだ。
 対して、珍しくソワソワと落ち着かない様子のぽん太は、周囲に汗を飛ばしていた。

「どうかしたんですか?」

 花が冷静に尋ねると、ぽん太は「どうかしたなんてもんじゃない!」と答えてモフモフの尻尾をブンブンと激しく左右に振った。

「久しぶりに、あの御一行様が来るんじゃよ!」

「あの御一行様?」

「【薙刀 銘 備前国長船住人長光造(なぎなた めい びぜんのくにおさふねじゅうにんながみつつくる)】御一行様のことです」

 落ち着きのないぽん太の代わりに答えてくれたのは、ふらりと現れた黒桜だった。
 口元に柔らかな笑みを浮かべた黒桜は、今日も相変わらず黒い着流しをまとっている。

「な、なぎなためいびぜんのくに……? え?」

 たった今、黒桜から聞かされたお客様の名前を反復しようとした花は、危うく舌を噛みそうになった。 

「薙刀 銘 備前国長船住人長光造です」

「な……なんだかすごい名前ですね」

 多分、これまでつくもに訪れた付喪神の中でも最長記録だ。
 花は再度、頭の中でたった今聞いた名前を反復しようとしたが、もう最初の四字ほどしか覚えておらず諦めた。