「はぁ……もうすっかり春だなぁ」
青い空を桜の花弁が踊るように泳ぐ朝。
柔らかな日差しに目を細めた花は、今日も玄関前の掃き掃除をしながら独りごちた。
深く息を吸い込めば、春に咲く花々と草木の香りが身体に染みる。
青々とした緑を茂らせる木々は美しく、つくもの庭を彩っていた。
「こうして見ると、外観は普通の温泉宿なんだけどなぁ……」
再び独りごちた花は改めて、背後に建つ【つくも】を振り返った。
たとえばここが現世なら、つくもはそれなりに敷居の高い老舗温泉宿に違いない。
実際、花がここに初めて訪れたときには、趣のある佇まいをした歴史あるお宿だと思ったくらいだ。
けれど蓋を開けてみたらビックリ。
敷居が高いどころか付喪神専用の温泉宿で、挙げ句の果てに、花は現世と常世の狭間に迷い込んでいることを知らされた。
その上、宿の従業員である付喪神の策略のせいで宿泊代金を払うことができず、若旦那の嫁候補兼仲居として働くはめになった。