「えっ! 八雲さん、何買ったんですか⁉」
「……なんでもいいだろう。……ああ、そろそろバスの時間だ。行くぞ」
そう言うと、八雲は改めて店主たちに頭を下げると、さっさと踵を返して行ってしまう。
自己中心的にも程がある。そう思いつつ、花は八雲に従うしかなかった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……! すみません、ありがとうございました……!」
慌てて花も店主のご夫婦に頭を下げて、ワゴンをあとにした。
八雲と花がバス停に戻ってすぐ、バスが到着して、ふたりは揃って乗り込んだ。
目的地はつくもの最寄りのバス停である、熱海サンビーチだ。
花は自分に散々何も買うなと言っておいて、自分はちゃっかり何かのお土産を買った八雲を、恨めしそうに眺めた。
八雲はあのワゴンで、一体何を買ったのだろう。
そう思った花は再度八雲に尋ねようか試みたが、どうせ教えてはもらえないだろうと諦めた。
「……また大楠神社に行ったときには、あのご夫婦のワゴンに会えますかね?」
「運が良ければ会えるだろうな」
さらっと言った八雲は瞼を閉じて、悪びれる様子もない。
(少し前までは、こんなふうに言われたら腹が立って、食ってかかってたけど……)
今は不思議と、嫌な気はしない。
それどころか、何故か居心地の良さのようなものを覚えている自分に気が付き、花はそっと窓の外へと目を向けた。
「……今日は、楽しかったです。ありがとうございました」
ぽつりと零された言葉に、八雲がゆっくりと目を開けて花を見た。
けれど花は振り返らずに、ひたすらに熱海の景色を眺めている。
どこまでも続く水平線と凪いだ水面は、陽の光を反射してキラキラと輝いていた。
それは来るときにも見た景色と同じはずなのに、どうしてか今のほうが格別に美しく感じることができた。
「……楽しめたようなら良かった」
やわらかな声に驚いた花は、窓越しに映る八雲の笑顔に目を見張った。
トクリと跳ねた鼓動に答えるように、きゅっと膝の上で拳を握りしめた花は、心を落ち着けるために短く息を吐いた。
バス特有の、ゆらゆらとした穏やかな揺れが心地よい。
そっと目を閉じた花は瞼の裏に八雲の笑顔を浮かべると、ひとり静かに微笑んだ。