「あ……。そういえば、ぽん太さんたちに何もお土産を買わなかったけど、いいんでしょうか」

 大楠神社の鳥居の前で来たときのように一礼をした花は、頭を上げるなりそう言って八雲を見た。
 そのときだ。右脇の坂を上がった数メートル先に、小さなワゴンの出店が出ているのを見つけた。
 ワゴンの前には【寄木細工(よせぎざいく)】という文字が書かれていて、ご夫婦の店主が観光客向けにお土産品を売っているようだった。

「バスが来るまで、まだ少し時間ありますよね!? 私、あそこのお店を見てきてもいいですか!?」

「やめておけ」

 けれど、ワゴンを覗きに行こうとした花を、八雲の呆れたような声が引き止めた。

「ものに、ものを買ってどうする。何より、熱海に住んでいるものに、熱海の土産など買っていっても意味がないだろう」

 至極真っ当な意見だが、身も蓋もない言い方だった。

(こういうところが、可愛げがないというか、なんというか……)

 花の不満は、また顔に出ていたのだろう。
 「ふぅ」と長く息を吐いた八雲は、チラリと腕時計で時間を確認してから、「見るだけだぞ」と呟いて瞼を閉じた。

「え……いいんですか!?」

「ここで止めて、あとあと愚痴を言われたら敵わないしな」

 これも先程、稲荷社への参拝を止めたことへの八雲なりの譲歩なのだろう。
 土産を見ることはよくても、稲荷社への参拝はダメというのはどうにも腑に落ちないが、理由を聞けないのだから仕方がない。

「但し今言ったとおり、熱海に長く住んでいるあいつらに、熱海土産など必要ないということだけは頭に入れておけ」

 と、再度八雲に釘を刺された花は、「わかりました」と返事をしてからワゴンへと向かった。

「いらっしゃい。おふたりは、カップルさん? それとも私達と同じようにご夫婦かしら?」

 ワゴンの前に立つなり、早速声をかけてきたのは店主の妻のほうだった。
 快活な笑顔が印象的な、可愛らしい女性だ。