「あ……」
そのふたつの間に、花は北側へと抜けられそうな小道を見つけた。地図アプリで確認しても、大通りに出られる道へと繋がっているようだった。
(ここを抜けるしかない……!)
車一台が通るのもやっとという広さの道だ。それでも花が意を決して小走りでその道を歩いて行くと、三本に枝分かれした道にたどり着いた。
左側の道は、確実に駅側ではないので却下だ。
とすると、あとは真ん中の道か右側の道ということになるが判断が難しい。
ちょうど二本の道の真ん中に、ヤシの木が並んだ高層マンションが建っていた。
地図アプリを開いて確認したところ、どちらを行っても問題はなさそうだ。
(あー、もう! 迷ったらド真ん中だ‼)
どちらを行っても上へと登るのなら、駅に続く道には出られるはず。
そう踏んだ花は勘で真ん中の道を選ぶと、小走りで足を前へと運び続けた。
ぐんぐんぐんぐん、真っすぐに歩いていく。
ぐんぐんぐんぐん。
すると、しばらくもしないうちに人ひとり通るのがやっとというほどの細い道が現れ──突き当りに、【小さなお宿】の明かりを見つけることができた。
「あ、あれ……?」
けれど、ここに来るまでに、突き当りに宿があるなどという案内は出ていただろうか。そもそも、携帯電話の地図アプリを見る限りでは大通りに出られるはずだった。
(おかしいな……)
思わず花は首をひねったが、とにもかくにも選択を間違えたのは明白だ。
花は回れ右をして、今来た道を引き返そうとした。
『……戻らないで』
するとその瞬間、ふわりと辺りの空気が変わって、何が花にそっと耳打ちをした。
『……このまま真っ直ぐよ。大丈夫』
(な、なに……⁉)
花は慌てて辺りを見渡したが、自分以外の人は見当たらない。空耳かとも考えたが、空耳にしてはやけにハッキリと声が聞こえた気がした。
「このまま真っ直ぐって……。あの宿に行けってこと……?」
季節は一月、身も心も深深と冷え込む季節だが、突き当りの宿から漏れる明かりは不思議とどこか温かい。
花は着ているコートの前をギュッと握り締めると、意を決して足を前へと踏み出した。
(そこの宿の人に、駅までの近道がないか聞いてみよう)
そうして花は、突き当りにある宿に向かって歩を進めた。
──ここ、熱海では平坦な道を見つけることのほうが難しい。
人ひとり通るのがやっとの細い坂道を登ると、途中から格調高い石畳へと移り変わった。
石畳はそのまま前庭から玄関へと繋がるエントランスを通り、紺色の暖簾の下まで続いていた。
花が細道から見ただけではわからなかったが、想像以上に間口が広い。
二階建ての木造の建物は重厚かつ趣のある佇まいをしており、古くからこの地に息づく歴史を感じさせた。
瓦屋根につけられた木製の看板には流れるような達筆で宿名が描かれている。
「熱海温泉、極楽湯屋つくも……」
見た限りでは、歴史情緒あふれる老舗旅館のようだ。
花は何かに誘われるように【極楽湯屋つくも】の暖簾をくぐると、広々とした玄関に立ち、宿の奥に向かって声を投げた。



