コンパクトな一階の店内には一応ソファ席が用意されているが、主となっているのはテラス席である。
二階にも食事ができるスペースがあるようだが生憎この日は混雑していたので、花と八雲は一階の店内で注文をしてからテラス席に座ることを選んだ。
「あ、私の分は自分で払います……!」
会計の際、まとめて支払おうとする八雲の隣で花が財布を取り出すと、八雲はそれを手振りで制した。
「いい。今日、付き合わせた礼だ」
「え……。でも、今日は私が無理矢理ついてきた感じだったのに……」
弁天岩のところには自分ひとりで行ってくると言った八雲に、自分も一緒に行く!と譲らずついてきたのは他ならぬ花自身だ。
たから、八雲に礼などされる理由はない。
けれど、花が四の五の言っている間にさっさと会計を済ませた八雲は、それ以上の取り付く島を与えてはくれなかった。
「席は、あの一番端でいいな」
「は、はい……。すみません、ごちそうさまです」
受け取った品の乗ったトレーを持つ八雲に花がお礼を言うと、八雲は「ん」と最小限の返事をくれた。
そうしてふたりで、空いているテラス席へと歩を進めると、向かい合わせに腰を下ろした。
雄大な自然に囲まれた一席は、ここが神社の境内の中だということを忘れさせる。
川のせせらぎをBGMに、花はテーブルに乗った【ロールケーキ】を見て感嘆した。
「ははぁ……。これが、弁財天様をも虜にした、麦こがしにちなんだお菓子……スイーツなんですね」
花が悩みに悩んで注文したのは、麦こがしを使ったロールケーキだった。
見た目はまるで、大樹の切り株のようである。
たっぷりのクリームの中に大納言小豆と胡桃が入った、和スイーツだ。
「樹齢二千百年の大楠がある大楠神社ならではのスイーツですよね! すっっごく、美味しそう!」
他にも麦こがしにちなんだメニューはいくつかあったが、大楠に感動したあとだったので結局大楠にちなんだものを選んで注文したのだ。
「八雲さん、本当に生姜入り甘酒だけで良かったんですか⁉ せっかくなら、他にも何かデザートを頼めば良かったのに」
瞳を輝かせる花を前に、八雲は呆れたように息を吐く。
「俺はそんなに腹も空いていないし、そもそも甘いものは苦手なんだよ」
そう言いつつ、甘酒を頼んだあたりに矛盾を感じる。
そんな花の思いは顔に出ていたのだろう。
八雲はちらりと花を見ると、徐に一口、甘酒の入ったカップに口をつけた。
「……昔から、甘酒だけは大丈夫だったんだ。特に甘酒は生姜を入れることで甘ったるさが緩和されて、絶妙に味わい深い一杯になる」
言葉の通り、八雲は甘酒を受け取ってからセルフカウンターへと行くと、用意されていた生姜をカップの中へと入れていた。
つまるところ、八雲は甘酒を飲み慣れているということだろう。
そういえば……以前、熱海梅園へ行ったときに、ぽん太も甘酒を美味しそうに飲んでいた。
昔から付き合いのあるふたりは、好みが似ているのかもしれない。
特に甘いものが苦手な人間をも唸らせる一杯とあれば、是非とも一度は味わってみたい一品だと、花は思わずにはいられなかった。