「それでは、我々はこれで──」
「……小娘。せっかくここ大楠神社に来たのだから、帰る前に麦こがしを食べていくといい」
そのとき、徐に口を開いて八雲の言葉を切ったのは、弁財天に叱られて小さくなっていた弁天岩だ。
弁天岩の言葉にキョトンとした花は、「麦こがし?」と呟いて首を傾げる。
「麦こがしっていうのはね、麦を炒ってひき粉末にしたもので、古くからこの地に根付いている由緒正しき食べ物なんですよ」
弁財天は微笑みながらそう言うと、弁天岩の頭を撫でた。
「ここ、大楠神社にも素敵な茶寮ができてね。麦こがしにちなんだお菓子を食べられるようになったんです」
ふふっと声を零して笑った弁財天は、「私も大好きで、ときどき人に紛れて食べに行くの」と言葉を続けた。
「そうなんですね……。麦こがし、知りませんでした。教えてくださって、ありがとうございます!」
花が元気よく答えると、弁天岩はまた「ふんっ!」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
弁天岩は弁天岩なりに、花に無礼な態度を取ったことを反省したのだろう。
つるんとした後頭部を眺めながら、花は穏やかな笑みを浮かべた。
「それじゃあ、八雲さん、花さん。今日はどうもありがとう。花さん、またいつでも遊びにいらしてね。弁天岩とここで一緒に待っているわ」
「……近いうちに必ずだ!」
弁財天と弁天岩のその言葉を合図に、ゆっくりと白い靄が晴れていく。
慌てて「こちらこそ、ありがとうございました! また必ず遊びに来ます!」と花が声を上げると、ゆらゆらと揺れる視界の向こうで弁財天と弁天岩が微笑んだような気がした。
「あ──……あれ?」
次に視界が開けたときには、花は弁天岩のある大楠神社境内の池の前に立っていた。
目を白黒させる花を横目に、八雲が飛び石を渡って戻ってくる。
「や、八雲さん、今のは……」
隣に立った八雲に花が尋ねると、八雲は徐に弁天岩と弁財天の社を振り返った。



