「花は、私の妻となる女性です。先程、弁天岩殿は名家の子女と見合いを……と仰りましたが、私は花以外の女性を妻に娶る気はありませんし、今後も花以外の女性をつくもに迎えるつもりもございません」
断言した八雲を前に、弁天岩だけでなく弁財天、そして花も驚いて目を見張った。
「それに、確かに弁財天様の美しさには敵わないかもしれませんが……。花はとても可愛らしい容姿をしていると思いますし、その花が芋に似ているなどと、弁天岩殿はお年で少々目が悪くなられたのではありませんか?」
フッと息を零すように笑った八雲は、目を細めて弁天岩を見つめた。
思いもよらない八雲の言葉に、花は衝撃を受け、顔を真っ赤にしながら固まってしまう。
「人の好みにまでケチをつけるとは、弁天岩殿も随分と人が悪い」
「な、な、生意気を言いおって! つい最近まで洟垂れ小僧だった奴が、このわしにそのような口を聞いて良いと思うのかっ!」
対して怒りで顔を赤くした弁天岩は、八雲の目の前まで降りてくると大口を開け、シャーッと長い舌を出した。
完全なる臨戦体制だ。花はおろおろとしながら、ふたりの様子を見ていることしかできなかった。
「これこれ、弁天岩。そもそも、今のはあなたが悪いでしょう」
けれど、そんな弁天岩の身体を、弁財天がムギュッと掴んで引き戻した。
「し、しかしっ、弁財天様……っ!」
「さぁさぁ、この話はこれでおしまい。これ以上、私のお客様に無礼を働くとなれば、いくらあなたが相手でも、容赦はしませんよ」
「ぐ、ぅ……っ」
まさに鶴の一声だ。
弁財天に凄まれた弁天岩は、ようやく勢いを失くして元の位置へ戻って萎れた。
「……花さん、本当にごめんなさいね。この子は、あなたにヤキモチを妬いているのよ」
「ヤキモチ……?」
「子供の頃から可愛がっていた八雲さんが、花さんにとられたみたいで寂しいの。それに最近は八雲さんも忙しくて、ここには来られなかったから余計に……。だから、どうか許していただけないかしら。またこの子が花さんに悪態をつくようなら、そのときは私が今度こそしっかりと、お灸を据えるとお約束しますから」
かの弁財天ともなる女神様に頭を下げられたら、花は頷かないわけにはいかなかった。
そもそも今は……それどころではない。
たった今八雲に言われた言葉がぐるぐると頭の中を巡っていて、高鳴る心臓を落ち着けるのに必死だった。
「い、いえいえ。全然気にしていないので、どうかお気になさらず……」
花がそう言って顔の前で手を振ると、弁財天は「ありがとう」と零して小さく笑った。
「八雲さんと、どうか末永くお幸せにね」
続けられた言葉に、また心臓が大きく跳ねる。
末永くお幸せに──なんて。
万が一にもあり得ないことだが、否定するわけにもいかず、花は迷った末に頷くことしかできなかった。



