熱海温泉つくも神様のお宿で花嫁修業いたします

 

「は、はいっ! ご挨拶が遅れて、申し訳ありませんっ。私、丹沢 花と申します! この度は弁財天様と弁天岩さんにお目にかかることができて、大変光栄でございます!」

 なんとか無事にご挨拶の言葉を述べた花は、皆目麗しい弁財天の瞳を見つめた。
 透き通るような黒い瞳だ。長いまつ毛は羽のようで、赤い唇は魅惑的に弧を描いている。

「まぁ……花さんと仰るのね。素敵な名前だわ。それに元気なのも良いですね。改めて、今日は来てくださってありがとう。私は弁財天。そしてこちらの白蛇は、弁天岩。今日はお会い出来て嬉しいです」

 やわらかな笑みを浮かべた弁財天の言葉に、花は恐縮しながら「こちらこそ、ありがとうございます」と返事をした。
 弁財天は、かの有名な七福神の中でも唯一の女神で、琵琶を弾いている姿が広く知られている。
 学問、芸術、豊穣、繁栄……更に勝負事に御利益のある神様で、その名を知らない人はいないのでは?というほど有名な神様だった。
 さすがの花でも、弁財天がすごい女神様だということはわかる。
 そんな弁財天にまで、まさか嘘をつくことになるとは……。罰当たりにも程がある気がしてならないが、すべては地獄行き回避のためなのだから仕方がないと花は開き直るしかなかった。

(それにしても、本当に綺麗……)

 うっかり心を読まれぬように深く考えることを止めた花は、ひたすらに美しい弁財天の姿を拝んだ。
 すると、その花の視線に気がついた、白蛇姿の弁天岩が徐に口を開く。

「しかしまぁ、比べるのもおこがましいことだが、弁財天様と並ぶと驚くほど芋っぽい女子(おなご)よのぅ」

「な……っ!」

 芋っぽい女子──とはもちろん、花のことに違いない。
 花は思わず短く声を上げたが、そんな花を見て弁天岩はフンッと鼻を鳴らして嘲笑を浮かべた。

「八雲よぅ。もう少し容姿の整った女子は選べんかったのか?」

「これ、弁天岩。どうしてそう、不躾なことばかり言うのです。……花さん、ごめんなさいね。この子は昔から、口が悪くて」

 悪態をつく弁天岩を、再び弁財天が窘めた。
 けれど当の弁天岩はどこ吹く風で、悪びれる様子もない。
 対して花自身も、弁財天の美しさに比べたら自分は芋どころか芋以下だとわかっていたので、苦笑することしかできなかった。

(傘姫もそうだけど、そりゃあ弁財天様と比べたら、月とスッポンどころか、月と石ころ以下に違いないし……)

 そもそも神様と、平凡な人を比べることがおかしい。
 そう考えるほか、逃げ道を探せないというのも切なくはあるが……。