「大楠神社の摂末社のひとつは、第二大楠のすぐそばにある。もうひとつは手水舎で話が出た稲荷社……。そして最後のひとつは、そこにある弁財天の社だ」
八雲の視線を追うように、花は再び本殿向かって右奥へと目を向けた。
すると、木々に囲まれた中に朱塗りの小さな鳥居が建っているのを見つけた。
その鳥居に向かって歩き出した八雲を追えば、鳥居の先に小さな赤い橋を見つけることができ、更にその奥に小さな社があることに気がついた。
「そして、その弁財天の社の前にあるのが弁天岩だ」
八雲の言葉を聞いた花は目を見張る。
たった今、八雲が指した先にあったのは何を隠そう、とても大きな【岩】だった。
その岩があるのは、弁財天の社と池の間だ。
池の中には大きな鯉が悠々と泳いでおり、水面は陽の光を反射してキラキラと輝いていた。
そして肝心の弁天岩の風貌はと言えば、まるで大きなおにぎりのような形をしている。
表面には綺麗な緑色の苔がついていて、しめ縄が貼られていた。
「行くぞ」
「は、はい……っ!」
八雲に声をかけられた花は歩を進めると、弁天岩の前で足を止めた。
「これが、弁天岩……さん?」
「ああ。弁天岩とは古来、神々が宿っていたと伝えられる磐座のことだ」
磐座……と言われても、神社仏閣ごとに疎い花にはサッパリだったが、とにかくすごい岩ということで間違いはないだろう。
どっしりと構えられた岩は、まるで背中の弁財天の社を守っているようにも見えた。
更によくよく見れば弁天岩のてっぺんには、とぐろを巻いた蛇の形をした岩が乗っており、こちらをジッと睨んでいるようだった。
「でも……弁天岩さんにご挨拶をするって、一体どうやってご挨拶すればいいんですか?」
隣に立つ八雲へ目を向けた花が、疑問を口にする。
すると八雲は戸惑う花を前に、「お前はそこにいろ」とだけ告げると、池に置かれた飛び石へと片足を乗せた。
「え、や、八雲さん!?」
そうして八雲は軽やかに飛び石を渡ると、弁天岩の前に立った。
(そこにいろって、このあと一体どうするつもりで──)
と、花が心の中でひとりごちた、そのときだ。
八雲が不意に右手のひらで、弁天岩の一部に触れた。
(え──っ⁉)
その瞬間、あたりの空気が一変する。
花は真っ白な靄に包まれたような錯覚に陥り、地に足をついているのに身体ごと宙に浮いているような不思議な感覚に襲われた。



