「拾わなきゃ……」
唇をきゅっと噛みしめると、鞄の中から手鏡の入っていた金襴袋を取り出し、手始めに本体をその中へとそっと戻して抱え込む。
次に花は砕け散った鏡をひとつ一つ拾い集めた。拾いこぼしのないように、とにかく丁寧に大切に集めていく。
そうして花が、目につく鏡の欠片の最後のひとつを拾おうと手を伸ばしたとき──、
「お前さん、とんだ災難続きだったのぅ」
誰かが花に、声をかけた。
「え……?」
突然のことに驚いた花は弾かれたように顔を上げたが、自分の周りにはそれらしき"人"は見当たらない。
(気のせい……?)
花は、再び鏡の欠片へと手を伸ばそうとした。
すると、どこからか伸びてきた小さな手が先に欠片を拾い上げ、花の前へと差し出した。
「ほれ、これで全部だら」
語尾の"だら"は、静岡県東部でよく耳にする方言だ。
声の主は驚く花の手を開かせ、ちょん、と手のひらの真ん中に鏡の欠片を乗せてくれた。
「あ、ありがとう……ございます……」
「いやいや、たいしたこっちゃない。それよりもお前さんがこれで怪我でもしたら、そいつも浮かばれないからのぅ」
ぷにぷにのピンクの肉球がついた手だった。
手の甲と言っていいのかわからないが、甲から腕に至るまで、全身がモフモフの焦げ茶色の毛で覆われている。
触り心地は抜群に良さそうだ。クリっとした垂れ目の周りはお決まりの黒い縁で囲まれているかと思いきや、肌色の毛で丸く綺麗に囲まれていた。
ぽんっと前に出たお腹の毛は白色だった。そして背中には、日本昔ばなしに出てくるような編笠を背負っている。
(なにこれ、夢……?)
今、花の目の前にいる"それ"は、どこからどう見ても"たぬき"だった。
だけど、本物のたぬきとは似て非なるものだ。
なぜなら二本足で立つその姿はまるで、先程まで花が愚痴を聞いてもらっていた信楽焼きのたぬきの置物と、瓜ふたつに思えた。



