濃い色の細身のジーンズに、すっきりしたシルエットが特徴的なグレーのVネックのカットソー。足元はシンプルなデザインの黒のデッキシューズで、革のボディバッグを身に着けていた。
 更に留めを刺しにきたのは、オシャレな銀の細フレームの眼鏡だ。普段の着流し姿の八雲も十分色気を醸し出しているが、眼鏡の似合う大人の男がまとう色気は、花には刺激が強すぎた。

(ずっと見てたら鼻血出そう……)

 思わず手のひらで鼻を押さえて瞼を閉じる。

「ほら、行くぞ」

「え……あっ、は、はいっ!」

 そんな花が声をかけられ我にかえると、目の前に路線バスが止まった。
 今日は八雲と一緒につくもを出てきたこともあり、熱海サンビーチ沿いのバス停からバスに乗って大楠神社へ向かうことになっていた。
 八雲は初め、大楠神社までは歩いて行く距離だと言っていたのだが、『今の時期なら海沿いの桜が綺麗だから』というぽん太の助言を受け、結局バスを選択したという形だ。
 坂道の多い熱海の街ではバスは必要不可欠な移動手段のひとつである。
 言われてみると先のぽん太たちとの観光の際、自転車に乗っている人が見られなかったと花が呟くと、『今はどうかわからないが、一昔前の小学校では自転車に乗ること自体が禁止だった』という驚きの答えが返ってきた。
 それほど熱海の街では平坦な道を見つけることが難しい。
 しかし前評判通り、バスから見える海沿いには早咲きの熱海桜が咲いており、空から海に降り注ぐ陽の光は水面を宝石のように輝かせていた。

「次で降りるぞ」

 熱海サンビーチから大楠神社までは、バスで約十分という距離だった。バス停名はその名の通り【大楠神社前】である。
 バスを降り、前を行く八雲について歩くとすぐに赤い鳥居が見えた。

「ここが……大楠神社、ですか?」

 迫力のある鳥居の前で立ち止まった花は、思わず感嘆の吐息を漏らす。真っ直ぐに伸びた参道は緑の美しい木々に囲まれていて、自然の中に息づく力強さを感じさせた。
 そばに立っているだけで、身が引き締まる思いがする。
 週末ということもあり参拝客も多く見られたが、喧騒をものともしない威厳と静けさが辺り一帯を包み込んでいた。