「とりあえず、すごい神社なんだってことはわかりました。でも、その大楠神社に、なんで私が八雲さんと一緒に行かなきゃいけないんですか?」
花の問いに、ぽん太と黒桜が不自然に目を泳がせた。その反応を見て思わず目を細めた花は、疑いの眼差しをふたりへ向ける。
「……もしかして、また嫁うんぬんの話ですか?」
このふたりは花がつくもに訪れてからというもの、なんとかして花を八雲の嫁にしようと企んでいるのだ。
もちろん今は花自身も地獄行きを避けるために、自ら嫁候補役を買って出ているが、このふたりはあわよくばそのまま花を、八雲に嫁がせようと考えているのが見て取れた。
「まさか……そこに行ったらいきなり正式に結婚! とかじゃないですよね?」
さらに険しく目を細めた花を前に、ぽん太は「いやいや」と慌てた様子で首を横に振った。
「弁天岩が、八雲の嫁になる女を見せろと言ってきたんじゃよ」
「弁天岩……?」
「ああ、古い顔馴染みなんじゃが……。八雲がようやく嫁を娶る気になったということを知り、顔を見せろときかなくてのぅ」
ふぅ、と短い息を吐いたぽん太は、手の中の湯呑みの茶をスズっとすすった。
それにしても弁天岩とは何者なのか。その花の疑問には、ぽん太の代わりに、今日も全身真っ黒な着物に身を包んだ黒桜が丁寧に説明をしてくれた。
「大楠神社には弁財天様もいらっしゃるのですが、そのすぐそばにある大きな岩が弁天岩と呼ばれているんですよ」
つまりその名の通り、【岩】らしい。
「古くからぽん太さんと親交があるそうで、八雲坊も子供の頃からお世話になっているということです」
「八雲さんも……」
チクリと花の胸が痛んだのは、傘姫が訪れた際に八雲から聞かされた、八雲の子供の頃の話を思い出したためだ。
『あやかしの血を引く境界家』という理由で爪弾きにされた八雲は、子供の頃から自分と同じ人よりも、付喪神たちに深く心を寄せていた。
「それで、その弁天岩殿が少し前に使いを寄越して、八雲坊と嫁になる女性を挨拶に越させるようにと仰っていたのです」
「そうなんですね……。でも、そもそも私はあくまで名ばかりの嫁候補ですし……。大楠神社には行ってみたいけど、挨拶となると気が重いです」
それでも行かなければ、弁天岩には「なぜ来ないのか」と、怪しまれる可能性がある。
果てには「本当は嫁候補でもなんでもない」とバレたら花はつくもにいられなくなり、死後の地獄行きが決定してしまう。