「昨日は、私の突拍子もない提案を受けてくださって本当にありがとうございました。それと……色々と至らない点ばかりで、本当に申し訳ありませんでした」

 あのあと、ビーフシチューを見事に完食した傘姫は、源翁に化けたぽん太に改めてお礼を言って、変化を解くように申し出た。

『もう十分、夢のような時間を過ごさせていただきました』

 結局、傘姫と源翁が対峙したのは夕食時のほんの一時間だけで、その後も傘姫が何か特別な要望を口にすることはなかった。
 夜、ひとりになった花は闇の中に浮かぶ月を見て考えた。傘姫と源翁を会わせたことは、本当に正解だったのだろうか──と。

「あの、傘姫様、私──」

「ずっと……心に引っかかっていたの」

 そのとき、花の手から和傘を受け取った傘姫が、とても静かに口を開いた。

「え……?」

「私ね、源翁様が息を引き取られるときに……。本当は、源翁様のお願いに、頷くことができなかったんです」

 突然の傘姫の告白に、花は驚いて目を見張った。

「源翁様がいない世界など、生きていても意味はない。だから今すぐ私の器を壊して、私も一緒に常世へ連れて行ってと……病床に伏す源翁様に、駄々をこねたの」

 眩しい光を覗き込むように目を細めた傘姫は、ふふっと声を零して小さく笑った。

「そうしたら源翁様は、"大切な君を、自分の手で壊すことなどできるはずがないだろう"って……。"そんなことをしたら僕は後悔に心を心を覆われて、君とはもう二度と会えなくなってしまう"って涙を溢したの」

 「源翁様の涙を見たのは、それが最初で最後だった」と続けた傘姫は、羽のように長いまつ毛を静かに伏せた。