「つくもさんには、もう随分通っていますが……。洋食が出てきたのは初めてで、驚きました……」
言葉の通り、傘姫は洋食が出てきたことに驚いた様子で目を見張っている。花はそんな傘姫を前に微笑むと、再びビーフシチューへと目を向けた。
「はい。傘姫様の仰るとおり、つくもでは基本的に和食をメインにお出ししているのですが……。本日は傘姫様にとって素敵な一日となるようにと願いを込め、このようなメニューをご用意させていただきました」
花の言葉を聞いた傘姫が、ハッとして息を呑む。
傘姫は数回瞬きを繰り返したあとようやく意向を汲み取ったように、ビーフシチューの横に置かれた銀色の食器へと目を落とした。
「つくもの料理長自慢の一品です。どうぞ、召し上がってみてください」
「……ありがとうございます。それでは、せっかくなので、温かいうちにいただきます」
傘姫の目が潤んでいる気がするのは、気のせいではないだろう。そうして丁寧に両手を合わせた傘姫は、和やかにナイフとフォークを手に取った。
──鼻先を掠めるのは、濃厚で芳醇なソースの香りだ。
初めてこの香りを嗅いだとき、花は匂いだけでほっぺが落ちそうだと、感動せずにはいられなかった。
じっくりと煮込まれた塊肉は濃い飴色をしており、重厚な見た目に反してナイフが不要なほど柔らかかった。
軽く触れただけでほろほろと崩れるお肉をフォークに乗せ、そっと口へと運び入れると、口に入れた瞬間から至福が身体を駆け巡る。
まず、口の中に広がるのは濃厚かつコクのあるソースの旨みだ。鼻から抜ける赤ワインの香りと、肉の旨味と野菜の甘みが溶け込んだソースは絶品で、唸らずにはいられなかった。
次に、舌で潰れるほど柔らかな肉はまさに溶けるようで、あっという間に喉の奥へと消えていく。
噛まずに飲める、という表現はこのビーフシチューのためにあるのだと断言してしまうほど、一口の余韻が最高にたまらない一品だった。
「……おいしい。このビーフシチュー、すごく美味しいです」
思わずといった様子で、傘姫が感嘆の声を漏らす。
源翁に変化したぽん太も、「これは絶品だ」と唸ると、笑顔を浮かべながらもう一口頬張った。
「ふたりで、こんなに美味しい食事がいただけるなんて……幸せだなぁ」
源翁が、傘姫を見つめながら顔を綻ばせる。
そして、そんな源翁を前に──傘姫は再び、目から綺麗な大粒の涙を溢した。