「あ……あ、あのっ! せっかくだから、このままおふたりで、ご夕食にするのはどうでしょうか⁉」
なんとか緊張の糸を解こうとした花は、大袈裟に元気な声を出すと手を挙げた。
「え……。で、でも……よろしいのですか?」
「もちろんです、ねっ、八雲さん⁉」
花の問いかけに、八雲は瞼を閉じてとても静かに頷いてくれる。
「やった! というわけで、それじゃあ私はこれからお夕食を運んできますね! ほんの少しだけお待ちください!」
そうして花は源翁に化けたぽん太を傘姫と向かい合わせに座らせると、早足に梅の間をあとにした。
厨房に着き、ひと通りの事情をちょう助に話すとちょう助も嬉しそうに受け入れてくれて、すぐさまふたり分の食事をお盆に用意してくれた。
「それじゃあ、今から運ぶね」
「あ……俺が一緒に運ぼうか? ちょうど今、黒桜さんは予約の電話を受けてて忙しいし」
ちょう助の提案に、花は「ありがとう」と言って頷こうとした。
するとそんな花の背後から、「おい」と唐突な声が投げられた。
「え?」
「ひとつは俺が運ぶ。ちょう助はまだデザートの準備もあるだろう」
花が弾かれたように振り向くと、そこには八雲が立っていた。
「あ、あれ? 八雲さん、なんで……」
「なんでも何もない。あの部屋に今、俺がいたら邪魔だろう。傘姫は相変わらず何も話そうとはしなかったが……。それでもさすがに、あの場にいるのは気が引けた」
両手を着物の袖に入れ、眉根を寄せて難しい顔をした八雲は余程気まずい思いをしたのだろう。
なんだかおかしくなった花は、思わずクスリと笑みを溢した。
「傘姫、好きな人の前だとすごく可愛い女の子ですね。私もなんだか、傘姫につられて照れちゃいました」
「……ふん、まぁいい。とにかく運ぶぞ。ぽん太がボロを出さないうちにな」
毒とも言えない毒を吐いた八雲は、そう言うと用意されていたお盆のひとつを手に取った。
自ずと前を行く八雲の後ろについた花は、廊下を歩き、再び傘姫とぽん太の待つ梅の間の前で足を止めた。
「失礼いたします。ご夕食の準備が整いましたので、お持ちいたしました」
八雲が声をかけると、「……どうぞ」という傘姫のか細い声が中から聞こえた。
ゆっくりと扉を開けて、花と八雲は中に足を踏み入れる。座卓の前には先程と変わらぬ様子で、傘姫と源翁が向かい合って座っていた。
傘姫の頬には相変わらず恥じらいの赤が差していて、源翁を真っすぐには見られないといった様子の彼女は八雲と花を見るなりホッとしたように息を吐いた。
「お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした」
花はそんな傘姫を微笑ましく見つめながら、用意してきた食事を、ふたりの前へと静かに並べた。
コトン……と、小さな音が部屋の中に木霊する。
「え……」
「本日のご夕食には、つくも特性ビーフシチューをご用意させていただきました」
座卓に置かれたのは、和の空間には不似合いの洋食器たちだった。
真っ白な口の広い器の中では、深く濃い飴色が輝いている。重なるように二切れ並んだ牛肉は厚みがあり、デミグラスソースとよく絡み合っていた。
付け合せには、パンプキンスープと焼き立てのパン。どちらからもホワホワとした白い湯気が立っていて、見ているだけで食欲をそそられる。