「泣くのを堪えて楽になるならいいんですけど、堪えたところで気持ちが晴れるわけではないですよね」
そう言うと花は静かに微笑んだ。
そばで聞いていた八雲は──片眉を持ち上げ、意表を突かれた顔をする。
「花さん……」
「だけど八雲さんが今言ったとおり、本物の和尚様に会えるわけではありません。それでも傘姫様は、彼にもう一度、会いたいと思いますか?」
花の問いに、傘姫は着物の袖で顔を覆いながら、とても小さく頷いた。
「……そういうことです、ぽん太さん。聞いているんですよね?」
「ほい、もちろん。あい、わかった。それでは、傘姫。お前さんの記憶を少々、覗かせていただくぞ」
花の言葉を合図に、また破裂音とともにぽん太が現れた。
突然のぽん太の登場に傘姫は驚いた様子だったが、そんな傘姫を気にする様子もなくぽん太は傘姫の額に右手の肉球を押し付けた。
「え──っ」
──ぷにっ。
そして次の瞬間、ぽん太の身体が白く光輝いた。あまりの眩しさに花が思わず目を瞑ると──光が晴れたと同時に、目の前には見たこともない、法衣をまとった高尚な僧侶が現れた。
「げ、源翁様……?」
その僧侶を見て、傘姫が振り絞るような声を出す。
"源翁"と呼ばれた僧侶は穏やかな笑みを浮かべると、傘姫の問いに応えるように、とても静かに頷いた。
「傘姫、元気そうでなによりだ」
落ち着いた、低音の心地良い声だった。
(え……ぽん太さん、だよね?)
もちろん源翁はぽん太が化けた姿に違いないが、声まで違うとなると発案者である花も自分の目と耳を疑わずにはいられなかった。
「はい……源翁様も、お元気そうで何よりでございます……」
それほど、ぽん太の変化は見事なものだったのだ。涙を浮かべ、頬をほんのりと赤く染めながら源翁を見る傘姫の眼差しは、これまでにない慈愛に満ち満ちていた。
「そなたが変わりないと知り、私は嬉しいぞ」
そして源翁も、そんな傘姫の眼差しを受け止めるように柔らかな笑みをたたえている。
傘姫の想い人である源翁は、切れ長の目が印象的な、眉目秀麗の男であった。
年は……三十代後半くらいだろうか。整った顔つきをした八雲とはまた違ったタイプの、男らしい顔と身体つきをしている。
正座をしながら背筋を伸ばしている姿は威厳に満ちており、そこにいるだけで空気が締まるような風格を持つ男だった。
「あ、あの、私……。まさかまた、こんなふうにお会い出来るとは思わなくて……」
そう言うと、傘姫は俯いて黙り込んでしまった。なんとも言えない沈黙が、部屋の中を包み込む。
五十年ぶりに会った想い人を前に緊張しているのか、傘姫は真っ赤な顔で必死に言葉を探している様子だった。