「傘姫、申し訳ありません。うちの仲居が大変失礼なことを──」

「──本当に、もう一度会えるのですか?」

「え……」

 けれどその直後、八雲の声を震える声が遮った。

「本当にもう一度……あの方に、お会い出来るのですか……?」

 そう言った傘姫の目から、透明な涙の雫が一筋、頬を伝って零れ落ちた。
 真っ白な肌を滑り落ちるそれは見惚れるほど美しいのに、酷く心が締め付けられる。

「ほ、本当に……本当に……?」

 繰り返された傘姫の言葉に、花は思わず唇を噛み締めた。

(ああ、そうだ──。この違和感が、心に引っかかってていたんだ)

 傘姫の涙を見た花は、膝の上で拳を握り締めながら、彼女の声を受け止めた。
 五十年もずっと、想い人を一途に想い続けている傘姫。今日、雨が降っているのは傘姫の心が泣いているからだとぽん太は言っていた。
 それなのに傘姫は会ったときから一貫して笑顔を絶やさず凜としていて、涙を見せる素振りもなかった。
 もちろん、赤の他人である花たちの前では簡単には泣けるものでもないだろう。
 それでもつくもに着いてから、常に穏やかな笑みを絶やさず毅然とした態度を見せる傘姫に、花は違和感を覚えずにはいられなかった。

「も、申し訳ありません……っ。涙など、お見苦しいものを……っ」

「……いいえ。いいえ、傘姫様。辛いときは、泣いていいんです。辛いって口に出して言っていいんです。無理して笑う必要なんかない、気丈に振る舞う必要なんてないんです」

「……っ」

 花の言葉に、傘姫がハッとしたように息を呑む。
 花はまるで数週間前の自分を見ているようだと思い、唇を噛み締めた。
 泣きたくても意地が邪魔して泣けなくて、無理して笑って結局心は浮かばない。
 あのときの花は泣いたら負けだと、自分で自分に暗示をかけていた。
 けれど、ここへ来て──その凝り固まった意地を捨て、ようやく泣くことができたのだ。
 きっかけは、鏡子がくれた。そして八雲の腕の中で……思う存分泣かせてもらった。
 あの夜があったから、花は今、暗闇に囚われずに前を向くことができている。涙を流すことは弱さではない。
 涙は身体の中に溜まった苦しみや辛さを洗い流してくれるためにあるのだと、花はここへ来て、初めて知ることができたのだ。