「余計なことだとはわかってるんだけど、どうしても傘姫の笑顔が胸に引っかかってて……」

 自分の胸に手を当てて、花は傘姫の毅然とした様子を思い浮かべた。

「五十年も前に亡くなった人を想い続けるのって、すごく苦しいことだと思うんだ。それなのに傘姫は、私が聞くまでそんな素振りも見せなくて……」

 うまく言葉にはできないが、どうしても花は違和感を覚えずにはいられなかった。

「……うん、花の言いたいことはわかった。でもそれは、付喪神の世界ではよくある話だよ」

「え……」

 けれど花の問いに、ちょう助は諭すように答えてみせる。

「付喪神になるほど長い年月を経た"もの"は、大抵自分の持ち主だったりする最初の主人との別れを経験してるんだ」

「別れを……」

「うん。この間、少し話したけど……俺を置き去りにした元主人も、もうとっくに亡くなっているだろうし……。虎之丞さんだって、最初の主人はもう昔に亡くなってるし、傘姫だけが特別な例ってわけじゃないから」

 人よりも、付喪神の生きる時間は圧倒的に長い。
 実際、花をここに連れてきた手鏡の付喪神であった鏡子も、花の母よりももっと前の代から、時代を跨いで受け継がれてきたものだった。

「もちろん、どうにかしてあげたいって花の気持ちもわかるけど……。でも、付喪神にとって主人との別れは宿命みたいなものだから、どこかで気持ちに折り合いをつけるしかないし、多分傘姫も、それはわかってるんじゃないかな」

 一聴すると冷たいようだが、多分、ちょう助の言うことは正しい。現に今日まで傘姫も、他の付喪神たちもそのようにして生きてきたに違いない。
 主人との別れは、付喪神たちの宿命──。
 それでも花の脳裏には、ぽん太の言っていた言葉が焼き付いて離れなかった。

『雨が降るのは、傘姫の心が泣いているから』

 傘姫はもう五十年も、二度と会えない想い人に想いを馳せ続けている。
 せめてここにいる間だけでも、傘姫が心の底から笑顔になれるような何かができたらいいと、花は考えずにはいられなかった。

「付喪神様と人の摂理はわかった。でも、それでもどうにかして、傘姫の心を晴らしてあげたいと思うの」

「うーん……」

「それにはやっぱり、傘姫と傘姫の想い人の和尚さんを、もう一度会わせてあげられるのが一番かなと思ったの。もちろん、もう五十年も昔に亡くなった人と会うなんて、現実的には無理に決まってるって頭ではわかってるけど──」

「──ふむっ! それは中々興味深い話じゃのぅ」

 そのとき、ポンっ!という破裂音と煙とともに、花の目の前にぽん太が現れた。

「え……わっ!? ぽぽ、ぽん太さん!?」

 花は驚いて椅子ごと後ろにひっくり返りそうになったが、既のところで止まると改めてぽん太に向かって抗議の声を上げた。

「だ、だからっ! 急に現れるの、やめてくださいって言ってるのに……!」

「おお、すまんすまん。すっかり忘れておったわい」

 まるで悪びれた様子のないぽん太を前に、花はこれは諦めるしかないと腹をくくった。

「それで、だ。今の話の続きじゃがの。傘姫の想い人である僧侶本人に会わせることは無理だが、わしがその僧侶に化けることは可能だぞ」

「え……」

 思いもよらないぽん太の言葉に、花は今度こそ目を見開いて固まった。
 ぽん太が、傘姫の想い人である僧侶に化ける?