答えながら、良太はルイの小学校時代を思い浮かべる。

さぞやクールで美しい小学生だったのだろう。

学校でも目立っていたに違いない。

「そういえば、陽菜様にお見せしようと思っていたものがございます」

 ルイが皿をテーブルに置き、キャビネットに手を掛けた。

取り出されたのは、薄紫色の風呂敷包みだった。

「重箱です」

 以前ルイが修繕に出していた、三段重ねの重箱だ。

光の加減のせいか、朱色の漆が前見たときよりも光沢を増したように思う。

漆は経年した方がより美しくなるというルイの言葉を、良太は思い出した。

「うわあ。おっきい~」

 テーブルに駆け寄った陽菜が、ぴょんぴょん跳ねながら嬉しそうに重箱を眺めている。

そんな陽菜を、ルイは優しく見守っている。

「この重箱から、私は食空間の大切さを学びました」

 さらりと言われた言葉に、良太は軽く驚かされた。

 ルイを食空間演出というニッチなジャンルに導いたきっかけは何だったのだろうと、前々から気になっていたからだ。

それが、リチャード・ジノリのプレートでも、マイセンのティーカップでもなく、漆の重箱だなんて。

「重箱が、きっかけだったんですか?」

ええ、とルイが微笑む。

「この家に養子に来てすぐ、小学校で運動会がありました。そのとき、桐ケ谷がこの重箱にお弁当を入れて持ってきてくれたのです。桐ケ谷は一流のフレンチシェフですので、それまでも何度か店のまかないをいただいたことはあったのですが、そのときはとてもシンプルなお弁当でした。日本の親が、普通に子供に作るような」

 一段、二段、三段。ルイが、懐かしそうに重箱を外していく。

 その瞳には今、思い出のおかずが映し出されているのだろうか。

「桐ケ谷と向かい合って食べたお弁当は、今まで感じたこともないほどに美味しいものでした。そのとき、知ったのです。『美味しい』という感情は、味以外のさまざまな情景が重なって初めて生まれるものなのだと」

 陽菜が、物語るルイを下から食い入るように見ている。

 言葉の端々から、子供なりにルイの生まれ育った境遇を感じとったのかもしれない。

「陽菜も、おいしいって思った」

 ぽつんと、陽菜が言った。

「幼稚園の運動会のとき、お母さんが作ってくれた、三段のお弁当。でも大きなお弁当箱は、引っ越しのとき、お母さんがおばあちゃんちに置いて来ちゃったの。置く場所がないからって」