八月下旬。夏休みももう残り僅か。来週からは、通常通り学校に通う日々が待っている。夏休みの課題は、あと残すところ英語の単語の書き写しと英訳だけだ。今日も塾が終わって帰宅してから、ご飯を食べ、お風呂に入り。その後は一人で机に向きあい黙々と勉強をしている。我ながらに、とても真面目だと思う。
「……ふぅ、疲れたなあ」
五ページほど単語の書き取りを終え、凝り固まった肩をほぐすために大きく伸びをした私。天に突き上げた拳をさらに伸ばし、弓形に背中を逸る。
その時、ふと白い紙が目に飛び込んだ。それは、机の端に積み重なった教科書の一番下に挟まれてながらひょこりと一部顔を出している。
……これは、なんの紙だろう。疑問を感じた私は、教科書を片手で浮かせてスーッと紙を引き抜いた。こうして私の手に握られた一枚の紙切れ。
「進路希望調査……?」
明るみの中で目を通せば、どうやら進路希望調査についての用紙のようだ。名前だけで、他はなにも記入されていない綺麗な紙。期限は始業式の時までになっているのだけれど、それにしてもなぜこれがこんなところに?首を傾げて考えること数秒。あ、そうだ、と私はあることを思い出す。
これは、夏休みが始まってまだ間もない頃。一人で進路希望調査用紙に向き合うものの、やっぱり自分が何をしたいのかが明確にはなっておらず、これからの将来が思い描けなかった私。それ故に進路も定まらず、困りに困った私はとりあえず考えることを放棄したのだ。
またお母さんにでも相談してみよう、と一旦紙を横に置いていたのだと思う。けれど、夏休みももうあと数えるほどしかない。ここらへんで一度お母さんに進路についての相談を持ちかけてみようか。……いや、迷惑になる?自分のことは自分で考えなさいと言われる?
色々な考えが脳裏をよぎったけれど、私だってお母さんのことを頼りたいときもある。ここはひとつ、勇気を出してお母さんの知恵を借りよう。
室内時刻に目をやれば、時刻は夜十時。きっともう蓮も寝付いている頃だと思うし、お母さんのところへ行っても大丈夫だろう。
私はそう判断し、お母さんが蓮を寝かせていた部屋に向かう。蓮を起こさないように、そっと引き戸を開けようとした、まさにその瞬間。急に目の前の扉が、何者かの手によって開く。