「私を守り続けてくれたお兄ちゃんには、本当に感謝してます。自分も私と同じくらい、……いや、それ以上に苦しかったはずなのに、お兄ちゃんはいつも私の前では笑ってくれた。私は、そんなお兄ちゃんが大好きで、その笑顔を守りたい。そしてお母さんとお兄ちゃん、三人で過ごす幸せな毎日を取り戻したい。お兄ちゃんには、いつも幸せに笑っていてほしいなあって、そう思うんです」

恥ずかしそうに笑った日菜ちゃんは、人差し指で鼻先を掻く。

気付けば私は、まだ小さなその身体をきつくきつく抱きしめていた。

「……凪さん?」
「日菜ちゃん。話してくれて、ありがとう。……よく、頑張ったね」

今一番伝えたい思いは、きっとそれだけ。私が言うことではないかもしれないけれど、それでも伝えずにはいられなかった。

「……っ、はい」

耳元で聞こえた彼女の声は、僅かに震えている。

柊斗の苦しみだけでなく、彼女の抱えるその全てをも簡単に晴らすことができたらどれだけいいだろうと強く願う。

けれど、そんなことはもちろんできるはずもないから。

私は柊斗の時と同じように、ただ日菜ちゃんの涙が止まるまで、彼女のそばに寄り添っていた。

──帰り道。日が落ち、ぼんやりと暗くなり始めた中で私は家路を急ぐ。

空を見上げれば、その薄明の中に青白く輝き始めた星がちらちらと瞳に映る。月も白く浮かび、その丸い影から今夜は満月だと分かった。

日菜ちゃんと別れた後、私はずっと彼女や柊斗のことを考えている。

今日こうして日菜ちゃんからも話を聞いて、改めて思う。

柊斗や日菜ちゃん。彼女たちが受けてきた苦しみや、見てきた現実は、一体どれほど過酷なものだったのだろうか、と。

信頼していた実の母から心ない言葉のナイフを向けられ、傷付けられ、それでもふたりは懸命に生きてきた。受け入れ難い現実を飲み込み、ともに手を取り合い、互いが互いを支えにし。今日までの日々を乗り越えてきた。

日菜ちゃんは今日の会話の中で、柊斗のことが大好きだと言った。お兄ちゃんがいたから、地獄のような日々を乗り越えることができたと教えてくれた。

……日菜ちゃんにとって唯一の兄である柊斗は、大きな支えであり、希望の光。

そして日菜ちゃんもまた、その大切な兄の笑顔を守りたいと思っている。

私に、悠真くんに、日菜ちゃん。それから、きっとあかりも。

柊斗のことが大好きで、大切で。彼の優しさに救われ、そんな彼を助けたい、守りたいと願う人はこんなにもいるのだなあと気付く。

そしてそれと同時に、私はもうひとつあることを考えていた。それは、私にとっての大切な弟である蓮のこと。

今日、日菜ちゃんの話をずっと聞いていて、思ったんだ。私は、蓮にどう思われているのかな、と。

蓮はいつも、私のことを〝お姉ちゃん〟と慕ってくれるけれど。私がお姉ちゃんでよかったと、私のことが大好きだと、そう思ってくれているのか。日菜ちゃんにとっての柊斗のような存在に、果たして私はなれているのだろうか。

そんなことを考えながら、私は黙々と自宅を目指す。

……けれど、私はまだ知らなかったんだ。自分の心の奥底に秘めていた、本当の思いを。そのことに気が付いたのは、それから約一週間後のことだった。